アーモンド

 

 ソン・ウォンピョン氏のアーモンドを読了。韓国では30万部を超えるベストセラーだとか。人よりも扁桃体の大きさが小さく共感する力が無い高校生の青年。人は一人では生きていけない。人の出逢いを通じて徐々に共感する力を取り戻す青年の物語。

 

 共感はよく論理と対比されるが、実際にはどちらが生きていく上で大切なのだろうか。カズオイシグロは小説は感情であって真実ではないと言った。僕は読書は希望だと思っているが。合理的な人は感情で動く奴は馬鹿だという。でも僕は共感する力を信じたい。一方では感情を抑えきれない人は馬鹿だと思う。よく韓国と日本の文化は似ていると言われるが確かにその通りだ。厳しい受験勉強があって親から子へのプレッシャーがすさまじい。人に寄り添う余裕なんてない。

 

 韓国の社会問題を象徴するシーンがある。物語の序盤に通り魔にユンジェは目の前で祖母を殺される。犯人は社会の落伍者のような男だ。誰でもいいから殺しかったという趣旨の遺書を残して犯行に及んだ。犯人は他者を巻き込んでナイフで自殺した。容疑者は助けを求めなかったのだろうか。結局、自分が追い込まれて物事の善悪を見失ってしまったように見える。困っている人がいたら助けようは綺麗事のように聞こえるが案外間違ってはいない。通り魔を増やさないためにも。

 

 

ロサリオの鋏

 

 コロンビアの作家のホルヘ・フランコが書いた「ロサリオの鋏」を読破!

 まずコロンビアと聞いて何が思いつくだろうか。コカインの製造元、麻薬組織によるテロ事件、銃による殺人事件。兎に角、暴力的で治安の良くない国。正しくその通りなのだが人と人との繋がりが濃い。人間関係が希薄な日本とは大違いだ。著者の出身地のコロンビア第二の都市、メデジンが物語の舞台だ。メデジンアンデス山脈に囲まれた盆地の街。

 物語はロサリオがひん死の重体の状態で病院に担ぎ込まれるシーンから始まる。彼女に一途な思いを寄せる語り手の男の回想が病院の待合室で始まる。住む世界が違う。死が隣り合わせの世界。コロンビアでは強くないと生きてはいけない。ロサリオはとても逞しい女性だ。混血で名字も分からず年齢や出生も定かではない。彼女はまだ十代の時に道端で夜一人で家に帰る途中に見知らぬ男にレイプされた。しかし泣き寝入りなんてしない。犯人を見つけ出して男のペニスをちょん切った。実の母親に絶縁されて、危険な麻薬組織のマフィアの下で働き出した。狙った獲物はキスをしながら銃を撃って殺す。彼女は多くの男性に愛されていた。

 主人公の語り手と彼女の恋人のエミリオ。エミリオと語り手の男はスペイン系で由緒正しい家柄の富裕層だ。親から家や車、何でも与えられて育った恵まれた階級。エミリオとの友情もあるが語り手はロサリオを愛している。物語は三角関係のような構図だ。彼女に振り回される二人。いつの日かロサリオとエミリオは麻薬組織の別荘で薬物中毒になった。そんな二人を見限って語り手は一旦離れるが、それでもまた戻って薬中のロサリオを看病する。絶望の淵に居る時は希望を見出すしかない。語り手の懸命な看病の結果、彼女は力を取り戻す。

 いつしか、ロサリオは親友であり元恋人のフェルネイが殺されて敵討ちに出掛ける。それから三年間、彼女は行方知らずだった。場面は冒頭に戻る。久しぶりの再会だった。彼女の一生は常に危険と隣り合わせだった。彼女の職業は麻薬組織に雇われた殺し屋で今まで多くの殺人事件を犯した。実際にコロンビアでは貧困層に生まれて来たら、まともな教育を受けられず、麻薬組織に雇われる女性も多くいる。本書はコロンビアはベストセラーになってテレビドラマ化もされた。訳者の田村さと子氏は著者のフランコボゴタの自宅で翻訳作業を行ったそうだ。また違う世界が見れて嬉しい。

 

 

イルカの島

 

 この小説は1963年に書かれたが全く古臭さを感じさせず新鮮な面白味がある。やはり名作は色褪せない。

海洋SFは珍しいジャンルだがクラークはやはり王道のイギリス小説を踏んでいると思う。夢がある。まずホヴァーシップという名の海に浮遊する近未来的な船に少年のジョニーが密航するところから物語は始まる。面白い。ワクワクする展開だ。船が沈没して遭難したジョニーはイルカたちに助けてもらった。

 

 連れて行かれた先は何とイルカの島だった。イルカの研究が行われている珊瑚礁に囲まれた多くの海洋生物が生きている島なのだ。オーストラリアの海域にあるグレートバリアリーフにある無数にある孤島のどこかにイルカの島は存在している。教授のカザンは密航してきた少年にイルカ研究の手伝いをしてもらう。てっきり自分の国に強制帰国だと思ってたジョニーにとっては幸運だった。

 

 意志の疎通が出来るイルカのスージースプートニクがジョニーの友人だ。イルカは知能の高い生き物で人によく懐くといわれる。ジョニーに擦り寄ってきて撫でてもらい現地民のミックよりもスージースプートニクと仲良くなってしまう。ちょっとミックはジョニーに嫉妬しているが彼とはやがて親友になる。

 

 ジョニーとミックが夜の珊瑚礁を探索する場面が特に美しい。懐中電灯に群がるプランクトンの群れや穴に隠れているロブスターやウツボ。暗い夜の海には何が潜んでいるのだろう。まだ潜るのに慣れていないジョニーはミックみたいに外海に出る事はない。でも色鮮やかな珊瑚礁の周りを歩き回るだけで楽しい。浅瀬にもカニや多くの生き物が住んでいる。

 

 ある夜、島に嵐がきて島は孤立無援になってしまう。救助を呼ぶためにジョニーはイルカと共にオーストラリアに向かう。

 

 期待してた以上によかった。特に後半は一気に最後まで読んだ。ディズニーの映画になってもおかしくないような幻想的な美しさがある物語だった。

 

 

 

 

 

 

オルラ/オリーヴ園

 

 久しぶりのモーパッサン。2020年になっても古典が訳されている。新訳の方が嬉しい。やはり古典は面白い。長年、読み継がれたからはずれはない。モーパッサンは生涯に300の短編小説を描いた。本書には八篇の物語が入っている。精神病を患った男の幻覚の物語だったり、秘めた過去を持つ小さな村の神父の物語だったり、本当に色とりどり。

 

 

エレンディラ

 

 マルケスの物語の舞台はカリブ海沿岸が多い。なぜなら彼が幼少期に住んでいた祖父母の家がカリブ海沿岸の田舎町にあったからだ。マルケスの幼少期の体験が彼の物語に影響を与えたと言える。この短編集は6つの短編と1つ中編小説が入っているが、どれも面白いがやはり中編小説のエレンディラが1番良かった。お金に対して並々ならぬ執着心を燃やす祖母からの逃避行の物語だ。

 

 マルケスの作品の特徴は百年の孤独に代表されるようにマコンドという名の架空の土地を創造して沢山の人間模様を描いた事だ。別の小説の登場人物がまた別の物語に登場したりしてマルケスの物語の世界は全てが繋がっている。

 

 表題作の「エレンディラ」は不慮の事故で祖母の屋敷を全焼させてしまったせいで借金を背負わされた娘エレンディラの過酷な物語だが、エレンディラの逞しい性格が彼女の逆境を吹き飛ばす。祖母は彼女を売春婦として働かせて1日に何人もの男の相手をさせられる。その客の一人でウリセスという名の青年と出会いウリセスに協力をしてもらって祖母を殺害する計画を立てる。

 

 要するに過酷な労働を命令した祖母に復讐する、若しくは逃げる物語だがエレンディラの生命力の強さにはいささか感心した。マルケスの作風は現実と幻想が入り乱れたマジックリアリズムで有名だが、毒を含んだケーキを食べても死なない祖母の不死身性や彼女の血が緑色だったり現実の世界では起こり得ない事が起こるのが読んでいてとても面白かった。

 

 

道化者

マンの短編を5つ収録。

マンの作品はやはり好きだな。マンは外の世界との交流を絶ち自分の世界に引きこもり孤独に生きていく。でもその環境から沢山の物語が生まれた。魔の山は大長編で哲学的な描写があって正直に言って読み難い。マンは短編集の方がいい。マンが日本でこんなに多く読まれている理由はマンの物語の人物たちへの共感だろう。

 

「神童」と呼ばれるギリシャ人少年のピアノ発表会の作品。彼の弾くピアノの演奏は多くの観客を魅了した。

 

「道化者」はマンの生い立ちや自らの体験を反映させた作品。特権階級の家に生まれ自由に育った幼年期。学校での成績はあまり良くなかった、豪商の父親が亡くなった後は故郷を離れ都会に移り住む。その間にヨーロッパ中を父の遺産で旅行した。失恋を経験したとても内向的な青年。繊細で敏感な青年だが自己憐憫も深い。とても静かな物語。一人でゆっくりと読んだ。

 

「堕ちる」は舞台女優に恋をした学生の物語だがマンが19歳の時に書いたと言うから驚きだ。作家としての才能は十分に見て取れる。若さに溢れた作品。恋に落ちてじっとしていられず外を夜通し歩き続ける学生は少し病んでいる風にみえる。恋をした舞台女優の住むアパートメントにいきなり訪れるなんてちょっとどうかしている。しかも彼女の方は以前に学生から受け取った手紙を読んで感激して彼の訪問を好意的に受け入れる。少し現実離れした展開だが小説だから仕方がない。

 

鉄道事故

マンが実際に体験した鉄道事故を題材にした物語。

 

「逸話」

おしどり夫婦と思いきや実は夫は社交界を催す妻を憎んでいるお話。

 

 

引き潮

 

 宝島で有名なスティーヴンスンの「引き潮」を読了。コナンドイルのお気に入りの海洋小説だとか。本邦初訳。一見、浪漫の冒険海洋小説かと思いきや実はそうではない。正確には前半はワクワクするような展開が待ち構えている。タヒチ島で浮浪者のような生活を送るへリックと元船長のデイヴィスと元店員で怠惰なヒュイッシュ。三人の性格はバラバラだ。正義感の強いへリックは大学出のインテリで青年。元船長のデイヴィスは大男で豪胆な性格。過去に船員を死なせた罪で船長を首になっている。ロンドンの元店員のヒュイッシュが厄介な存在だ。明らかに二人の足を引っ張っている。

 

 三人は廃墟の刑務所を寝床にしながら食べ物を求めて島を彷徨う歩く。その日暮らしの生活だ。元船長のデイヴィスが賭けに出る。ワインを南米まで運ぶ任務につく。浮浪者はいずれはこの島では逮捕される運命だからだ。三人の男たちの船旅が始まった。

 

 途中で暴風雨にあったり船長とヒュイッシュが酒に溺れたりトラブルに遭遇する。前半部分の島の美しい海や木林の描写と比較するとこのあたりから人間の醜悪な部分の描写が多くなる。酒癖の悪い二人に呆れるへリック青年。

 

 そして後半からはガラリとサスペンス風の物語に変わる。実は任された積荷のワインのボトルの中身は全部水だった。彼らは悪徳商人に騙されていた。三人は事態を打開する為に南米行きを諦め地図に載っていない島に流れつく。

 

 その島にはアトウォーターという名の男が住んでおり島で採れる真珠を独り占めしていた。船長は真珠を横取りしようと企みアトウォーターが指示通りに真珠を渡さなかったら彼の命を奪うのも仕方がないという。物語はいつしか冒険から船長とアトウォーターとの対決に変わっていく。船長は疑心暗鬼に駆られたり人間臭い描写や内面の葛藤が多くなり心理的な小説になっていく。

 

 へリックは真面目なので略奪なんて絶対に出来ない性格だが、まだ若くて未熟だからか精神的にとても不安定だ。アトウォーターが過去に島の罪人を殺したのを本人から明かされるとへリックはパニックになった。人殺しは信用できないとへリックは言う。飲んだくれのヒュイッシュがアトウォーターに船長の作戦を酔った勢いでバラしてしまった。作戦が筒抜けになってしまった事を知らずに作戦を実行に移す船長だが既にアトウォーターは銃を携えて待ち構えていた。完全に予想外の展開だが、人間同士の駆け引きがあって面白かった。いい意味で裏切られた展開。