海辺の王国

 

ロバート・ウェストールの海辺の王国を読了。

ウェストールはこれまで実体験を反映した小説を書いてきた。ドイツ軍による空襲で民家が破壊されて人々は庭に作った防空壕に身を潜めていた時代の話だ。北海を挟んでドイツ空軍がイングランドの都市タインマスを襲った。

 

ハリー少年の家が破壊されて一人孤児になった。両親や妹を失った。少年は海岸沿いをあてもなく彷徨った。人との出会いが彼を成長させた。偶然に出会った大切な友人のジャーマンシェパードと一緒に。

彼を自宅に招いて食事や寝床を提供してくれた老婦人。対空高射砲でドイツ機と戦うアーチーは面倒見のいい兄貴だ。そして食料が豊富に置いてある車両を無料で提供してくれた老人。

 

全てがいい人ばかりでは無かった。潮の満ち引きが激しく島への砂の道が満潮時にはなくなり孤島になる島で現地の少年たちに虐められたハリー。ハリーに性的な虐待をしようとするマーマン伍長。

 

最終的には動物好きのマーガトロイドさんに助けてもらって車で自分の街に帰ったハリー。しかし家族は実は生き残っていたのだ。別の住所に住んでいた。感動の再会の筈だがハリーは家族と住むより海辺の王国での生活を望むようになっていた。犬を捨ててこいと言う父親と兄を逃亡した卑怯者と罵る妹。

 

自分で生きる手段が身に付いたハリーは少し大人になって帰ってきたのだ。まだ12歳だが。

 

海辺の王国

 

 

 

 

 

ムクウェゲ医師 平和への戦い

 

 前回の読書ではコンゴ川を首都のキンシャサまで船で行く旅は実に楽しいものだった。しかし紛争の地域はコンゴ東部にあるのだった。ルワンダやウガンダに近い国境沿いの町ブカブ。ムクウェゲさんの活動拠点。彼が働く病院には多くの性暴力の被害者の女性が運ばれてくる。

 何故、鉱物資源、豊富な国のコンゴは貧しいのか。政治の腐敗と隣国の軍や武装勢力による資源の収奪が原因だ。

 

 コンゴの紛争に自分たちが関わっているとは夢にも思わなかった。この本を読むまでは。スマホの部品に鉱物のタンタルが使われている事実。コンゴ東部で採掘されるレアメタルは武装勢力の資金源になっているという。

 

 自分に出来ることな何か。今持っているスマホを使い続けることぐらいしか私にはできないが関心を持つのは大事。

 

たまたまザイール、またコンゴ

 

 

こんなスケールの大きい旅行記を読んだことがない。久しぶりに熱中して読んだ。

本書は二部構成になっている。前半は一度目のコンゴ川の旅。著者は1991年に当時の国名のザイールでコンゴ川を遡行した。キサンガニからのスタートで途中まではオナトラ船と呼ばれる動く家で移動した。船上で生活する人々。洗濯物を干して途中川沿いにある村では降りずにずっと船に住んでいる者がいる正しく動く家なのだ。

行く先々で丸田舟が船に横付けして物資の取引が始まる。交易材料は猿や豚、キャッサバ、巨大ないも虫だ。途中の村、ブンバで著者は丸田舟に乗り換えて妻と一緒に二人で櫂を漕ぎながら目的地のンバンダカを目指す。無事旅は達成したが、もうボロボロの二人。

 

そして21年後の2012年に何ともう一度のコンゴ川に行くのだ。前回では首都のキンシャサまでは行けなかったのでリベンジか。

 

著者の行動力がすごい。2回目の旅の同伴者を自力で見つけてしまうのだ。インターネットで情報収集して大使館に出向きビザ取得の手続きの時に会った人物からの紹介で現地在住の日本人の若者と知り合い彼と一緒にコンゴ川を下る。著者のコミュケーション能力の高さに驚いた。

2回目のコンゴ川は丸木舟から始まり、給油船、スピードボートと移動手段を変えながら無事、キサンガニからキンシャサまで到達した。若者がリンガラ語を喋るのが有り難かったのだと思う。

写真が多数掲載されているのでコンゴの人々の笑顔が特に良かった。

 

コンゴ関連の本を読むようになってきてからコンゴの全貌が見えるようになってきた。

歴史を遡ればベルギー国王レオポルド二世による残虐な仕打ちと搾取。ゴムと象牙を獲得する為に現地の人々は過酷な労働を強いられてゴムを採集出来なかった者は手を切り落とされたという。ザイール時代の典型的なアフリカ型の独裁者のモブツの存在。モブツ政権崩壊のきっかけとなった隣国のルワンダ内戦で多数の武装した兵士がコンゴに流入した。この国の豊富な天然資源が原因で紛争が起こった。ダイヤモンド、金、銅、レアメタルの獲得を目指して欧米諸国がコンゴに介入してくる。残念なのは同じアフリカ諸国がコンゴの鉱物資源を収奪した事実だ。

 

 

アルマ

 

 ルクレジオが書く冒険小説は面白い。今度の舞台はマダガスカルの横にある小さな島国のモーリシャスだ。首都はポートルイス。島の旧名はフランス島。フランスとイギリスに支配されてきた歴史を持つ。モーリシャスはサトウキビの栽培が主幹産業だ。奴隷貿易が行われた時代からサトウキビ畑があった。島の七割の住民はインド系。大昔にドードーがこの島に生息していた。ドードーとは羽が退化して飛べなくなった大型の鳩科の鳥。警戒心が薄くて島に漂流した者の餌食になり絶滅した。ドードーは島のシンボル的な存在だ。この本を読んだ印象から言えば、モーリシャスはハワイやグアムのようなリゾート地だと思う。

 

 ジェレミーと言う名の青年とドードーと呼ばれる浮浪者の二人の視点を通して物語は進む。訳者の解説によるとジェレミーは作家の分身で父親の書斎で発見した砂嚢の石をきっかけにパリからモーリシャス島へと旅立つ。砂嚢の石とはドードーの体内から落とされた石だ。島でのドードーの調査の成果は今ひとつだ。目的が変わって自分の一族のルーツを辿る事になる。実際にルクレジオはブルターニュからモーリシャス島に移り住んだ祖先を持つ。

 

 もう一人の語り手のドードーこそドミニク。彼の物語は島から始まる。若い時に娼婦から移された梅毒のせいでまぶたと鼻が溶けた異様な風貌を持つ。島での徘徊が彼の日常だ。ジェレミーとは反対にドードーは島の浮浪者を代表してパリ行きの飛行機に乗る。パリでのホームレス生活から南へと移動を続けてやがニースに辿り着く。そして精神病病院に収監された。ドードーとジェレミーは共にフェルセン家の血をひきドードーの存在は一族の悪しき枝として蔑まされている。

 

 これまでルクレジオはモーリシャス物を複数書いてきたがアルマは最も現代的な物語だ。本が出版されたのは2017年。作家の年齢は77歳。円熟期と言っていいだろう。作家のこれまでに築いた知識や経験があるのでモーリシャス物ではアルマが一番良いと思う。

 

 クリスタルと言う名のクレオールの少女がオランダ人の男を相手に売春する場面やショッピングモールの描写で現在のモーリシャスを浮き彫りにする。また一方で農場主と奴隷商人との間で交わされた取引で残酷な運命を辿る奴隷の悲しい歴史があり絶滅したドードーがイギリスに運ばれてやがて命を落とす過去が島にはあった。島には教会があり山があり湖があり森があり観光客や現地の住民の憩いの場所だ。モーリシャスには豊かな自然を保護する団体がいるのだ。

 

 

ブルターニュの歌


 ルクレジオをほど世界を股にかけた作家は他にいない。彼の先祖はブルターニュ地方からモーリシャス島に移住した人たちだ。彼の父親はモーリシャス生まれのイギリス人で、母親はフランス人。重要なのはルクレジオが先祖から代々血を引き継ぐブルトン人なのだ。フランスの北西に位置するブルターニュ地方はブルトン人の故郷だ。

 

二つのエッセイから成る本書は回想録だ。断片的な思い出の数々は非常に曖昧で真実かそれとも空想か区別がつかない。まるで夢の世界を生きているようだ。

 

「ブルターニュの歌」

 作家が少年期に毎年夏に訪れたサント・マリーヌ。彼の少年時代にはブルトン人の伝統が根強く残っていた。ブルトン語を喋る現地の子どもたち。1歳半の年上の兄と海で水浴した懐かしい日々。干潮時には海の底を歩いてさながら海底二万マイルに出てくる潜水夫のようだ。ルクレジオはとても無邪気な少年だったのでタコと友達になった。古城でのお祭り。古城は今は取り壊されいるが、確かに存在していたのだ。フランス政府によるブルトン語の少数言語への弾圧。そしてブルトン語を守ろうとするための学校。フランスのルペン、極右政治家の故郷はブルターニュ地方だった。彼の思想とは裏腹にブルターニュはとても外部の人間に寛容でリベラルな都市だった。

 

 「子供と戦争」

 1940年の戦争時に生まれたルクレジオ。彼の出生地のニースはイタリア軍が占領していた。イタリア人は優しい人達だ。ドイツ軍が来ることを告げられた一家は山岳部のロックビリエール村に避難する。戦争は飢餓との戦いだった。父親はナイジェリアに医師として単身赴任中で母親と祖母、兄と共に過ごした。一家を指揮するとても逞しい祖母と美人でイタリア兵を魅了する母親。戦争中ではあったが女性達の母性に囲まれ安心感があった。しかし戦争はどんな形であれルクレジオに暗い影を落とした。

 



崩れゆく絆

 

 アフリカ文学で最も重要な小説がアチェべの「崩れゆく絆」だった。今まで何故この本がこれほどまでに読まれているのか分からなかった。翻訳者の粟飯原氏の50頁にも及ぶ解説を読んで納得した。アチェべがコンラッドの闇の奥で描かれたアフリカ人の描写が人種差別的だと糾弾したのは有名な話。西洋人が書いたアフリカ人はどれも偏見に満ちていた。そこでアチェべ自身が新しく描き直す必要があると思った。ナイジェリアが独立する前の1958年に書かれた「崩れゆく絆」の多くの頁は白人が到来する前のアフリカを描いた。調和を重んじるで共同体社会で日本と似ているなと思った。

 

 悲劇の主役のオコンクウォは働き者で寡黙。一代で富を築き上げた一家の大黒柱だ。三人の妻を持ち自分はオビと呼ばれる主屋に住み妻や子供たちは離れに住んでいる。屋敷は赤土で塗った塀に囲まれている。自分は一家の長なのだからと妻や子供たちに暴力を振るうことも厭わない。男は強くなければいけない。第一妻の間に生まれた息子を女々しいと罵る。とても保守的な社会で男尊女卑の傾向が強い。

 

 客が来ればコーラの実でもてなす。レスリングの試合で圧倒的な強さを誇るオコンクウォは称号を持っており村の有力者だ。彼が住むウムオフィア村では甕で水を運び、人々にはイナゴの襲来が待ち受けており仮面の精霊が人に裁きを下す。独自の文化があった。因習的だったのは神託で子供が村人に殺される事だ。

 

  白人が来てからは全てが変わった。現地の人々は白人が乗ってきた自転車を鉄の馬と呼び木に縛り付けた。彼らは自分たちの信仰の布教の活動の為にやってきた。オコンクウォにとっては西洋の個人主義との初めての遭遇だ。自分の価値観が絶対に正しいと思っていて、男らしさに執着する彼と白人たちが衝突するのは当然だった。

 

 

 

 

楽園 アブドゥルラザク・グルナ

 

 著者のグルナ氏はイギリスの領土だったザンジバル島の出身。1964年の革命から逃れる為にイギリスへと渡り英語で書いた作家である。今まで読んだことがない全く新しい小説。ユスフはスワヒリ語を話す、アラビア語のコーランやラマダンには全くの無知な少年。1880年代の東アフリカ(現在のタンザニア)は植民地支配者のドイツ人がいる。彼らは現地人の兵隊を雇い恐ろしい存在だった。そしてインド人たちも大勢いた。頭に青いターバンを巻いた髭を生やしたシーク教徒は商売上手。大商人のアズィズおじさんはアラビア語を話すアラブ人。おじさんはサイイドと呼ばれていて熱心なイスラム教徒で1日に5回のお祈りをする。ユスフの親友のハリルの尊敬の対象だ。つまり当時のタンザニアは人種の坩堝だった。

 

 父親の借金の肩代わりとして奴隷として沿岸部の町で働くことになったユスフ。そこから内陸部奥地のタンガーニカ湖のコンゴ側の村まで交易するのを目的に探検に同行する。