アーモンド

 

 ソン・ウォンピョン氏のアーモンドを読了。韓国では30万部を超えるベストセラーだとか。人よりも扁桃体の大きさが小さく共感する力が無い高校生の青年。人は一人では生きていけない。人の出逢いを通じて徐々に共感する力を取り戻す青年の物語。

 

 共感はよく論理と対比されるが、実際にはどちらが生きていく上で大切なのだろうか。カズオイシグロは小説は感情であって真実ではないと言った。僕は読書は希望だと思っているが。合理的な人は感情で動く奴は馬鹿だという。でも僕は共感する力を信じたい。一方では感情を抑えきれない人は馬鹿だと思う。よく韓国と日本の文化は似ていると言われるが確かにその通りだ。厳しい受験勉強があって親から子へのプレッシャーがすさまじい。人に寄り添う余裕なんてない。

 

 韓国の社会問題を象徴するシーンがある。物語の序盤に通り魔にユンジェは目の前で祖母を殺される。犯人は社会の落伍者のような男だ。誰でもいいから殺しかったという趣旨の遺書を残して犯行に及んだ。犯人は他者を巻き込んでナイフで自殺した。容疑者は助けを求めなかったのだろうか。結局、自分が追い込まれて物事の善悪を見失ってしまったように見える。困っている人がいたら助けようは綺麗事のように聞こえるが案外間違ってはいない。通り魔を増やさないためにも。