風の巻く丘

 

 マリーズ・コンデの風の巻く丘を読了。壮大な物語。登場人物が沢山出てくる。人物相関図を作らないと混乱する。舞台は十九世紀後半から二十世紀前半にかけてのカリブ海の島々。著者のマリーズ・コンデはグアドループ出身でフランスで教育を受けた。グアドループって名前は今まで聞いた事がない国。カリブ海にある島でフランスの海外県だ。初めて知った。カリブ海クレオールの世界だ。様々な人種が混ざり合う世界。そもそもクレオール語しか話せない人は教育のない野蛮人だと思われてた。事実、著者のコンデは家庭でクレオール語を話すのを禁じられていた。だから彼女はフランス語しか喋らなかった。

 

 物語はキューバから始まりグアドループ、ドミニカと移る。欧米列強諸国にカリブ海の国々が翻弄されてきた歴史がある。キューバはスペインに支配されスペイン語公用語で、グアドループはフランス海外県でフランス語。ドミニカはイギリスの植民地だったので英語を喋る。ドミニカとドミニカ共和国は別の国だ。日本に住んでいる限り多様性は見えにくい。カリブ海の国々は人種のるつぼだ。ベケと呼ばれる白人富裕層と混血のムラート、黒人、インド人が住んでいる。奴隷制度廃止後も人種によるヒエラルキーが根強く残っている。

 

 物語の中心人物はラジエという黒人の男だ。ハリケーンの日に捨てられていた所をムラートのユベール・ガニェールが連れて帰ってきた。ユベール・ガニェールは風巻き丘と呼ばれる崖の上に建つ邸宅に住んでいる。(どうやらこの物語はエミリーブロンテ嵐が丘を下敷きに描いた物語らしい)カリブ海のハリケーンは凄まじい。家の屋根を吹っ飛ばし、人をも行方不明にする。ムラート一家のカティに恋をしたラジエ。しかし、恋は実らずカティは貴族の響きを持つド・ランスイユ一族のエムリックと結婚する。エムリックはフランスで教育を受けた教養のある人物で肌の色で人を差別しない誠実な人柄だ。ランスイユ一族は白人でサトウキビの農園を持つ裕福な経営者だ。

 

 勿論、カティを取られたのでラジエはエムリックを嫌っていた。と言うよりラジエは白人やムラートに強い怒りを感じていた。肌の色による対立だ。でもラジエはエムリックの妹のイヌミーヌと婚約した。ムラートや白人を憎んでいるのに。ラジエは社会主義者の政治家と共謀してエムリックが所有する広大なサトウキビ農園に放火した。サトウキビ畑を失ったエムリックは病気で倒れる。書くととても長くなるので物語のあらすじはここまで。人種のるつぼのカリブ海の島々だが、皆んな仲良くしているなんて思えなかった。肌の色による差別とここまで真剣に向き合った著書のコンデはすごいと思う。

 

 

宇宙に行くことは地球を知ること

 宇宙飛行士の野口聡一矢野顕子の対談本。今まで読むのを渋っていた。宇宙と聞いてとても難しいイメージがあった。でもこれほど読みやすいとは思わなかった。宇宙飛行に関して大分詳しくなった。

 

 野口の経歴がすごい。今までに2回の宇宙飛行の経験があって2回目の飛行は163日間の長期滞在。2021年12月の現在では3回目の宇宙飛行から帰ってきた。ベテランだ。宇宙ってこんなに身近な所にあったんだと思った。宇宙での滞在先は国際宇宙ステーション(ISS)。地球上空約400キロメートルを飛行している。案外近い。

 

 普段、野口はテキサス州ヒューストンのNASAで訓練している。宇宙飛行の一連の流れは、800時間に及ぶ地上での訓練。当日にロケットに乗り先端には宇宙船がある。無事発射してわずか6時間でISS到着。宇宙船とISSを繋げるのをドッキングという。宇宙船は移動の手段で住むのはISS。大気圏を突き抜けるとそこにはもう重力がない。無重力を体験するだけでも楽しそうだ。ISSの展望室のキューポラから見える地球が絶景だ。ISSは90分で地球を一周する。動きながら地球を観察出来るなんてすごい。野口のお気に入りはパタゴニアの氷河だ。

 

 野口の宇宙で体験したエピソードがすごい。ISSの外に出て宇宙を実際に肌で感じる。外に出る前に宇宙服の空気漏れがないか入念にチェックする。スペースデブリと呼ばれる宇宙ゴミ以外は何もない暗黒の世界。過去に約570人が宇宙に行った。その中で船外活動が出来るのはごくわずか。船外活動では二人一組になってISSの外部に掴まりながら慎重に移動する。もしデブリに当たって宇宙服が破けたら酸素不足であっという間に死んでしまう。とても緊張感がある世界だが、宇宙から眺める地球は美しい。

 

 宇宙飛行士になる為には物理や数学の知識が必要。実際に多くの宇宙飛行士は理系だ。でも民間人が宇宙に行く日がもう目の前まで来ている。人類の進歩って本当にすごい。ゾゾタウンの社長はもうすぐ宇宙に行く。ISSは地球から近い宇宙だ。だから宇宙ホテルや別荘をISSが飛んでいる近い宇宙に建設する計画もある。では月はどうだろうか。月への飛行は膨大なコストがかかる。月や火星のような遠い宇宙の惑星にも行けるようになる日が来るというから驚きだ。今トヨタが月面を走る自動車を開発している。未来では宇宙旅行が当たり前になっているかも知れない。そういう明るい希望が見えた。

 

 

水深五尋

 

 こういう物語はイギリス人にしか書けないなと思った。海に囲まれた島国だからこそ書ける小説だ。

舞台はイングランド北東部の北海に面するガーマスと言うとても寒い所だ。ガーマスは架空の土地で著者の出身地のタインマスをモデルにしている。著書の自伝的要素が強く、主人公のチャスのやんちゃな行動はウェストールの子供時代が反映されている。探検ごっこのはずが、本当にスパイを発見するとは。児童文学って童心に返れるからたまに読みたくなる。

 

 1943年にはドイツ軍の敗戦濃厚だったが、それでも頻繁にドイツのUボートイングランドの海域に来ていた。貨物船を撃沈したUボート。それでもUボートを返り討ちにするヘンドン号の船長のバーリー。

Uボートが現れた翌日に浜辺で遊んでいたチャス・マッギル青年が発信器らしき物を発見する。チャスはそれがスパイの発信器だと断定して彼の物語が始まる。チャスと友人のセムとシーラとオードリたちはスパイ探しにロウ・ストリートと呼ばれる貧民街を歩き回る。シーラは父親が元市長の治安判事で権力者だ。イギリスの厳しい階級社会の象徴のような存在のシーラ一家は高級住宅街に住んでいる。

 

 ロウ・ストリートが面白い。浜辺に位置して海の上に柱を建てて粗末な家が並んでいる。宮崎駿の画が上手くロウ・ストリートを再現している。探検するにはとてもワクワクする街だ。ロウ・ストリートを牛耳るマルタ人の女。この街では警察が機能していない。街を支配しているのはマルタ人たちだ。船乗りたちの男を相手にする売春宿が建ち並び怪しげなパブがありユダヤ人が経営する質屋がある。そんな危険な街でチャスは果たしてスパイを見つけられるのか。シーラを貧民街に連れて行ったので警察のお世話になったり、民家に侵入して危うく逮捕されそうになったり筏に乗って船に轢かれそうになったり本当に命懸けだ。

 

第二世界大戦中、多くのスパイが存在した。ゾルゲはソ連の対日政策に大いに活躍した。ドイツのスパイはイギリスに送り込まれたが大半は捕まった。あまり日本では知られていないが、ドイツ人以外にもドイツを支援する人たちも多数いた。大戦中ノルウェー政府はドイツの味方だったしイギリスにもドイツ側についていた人物もいた。そういう人たちは戦後、国家反逆罪で死刑になったが。

最後に宮崎駿の描く食べ物は何故あんなに美味しそうなのだろうか。フライパンで揚げたパンの画がとてもいい。

 

 

パワナ くじらの失楽園

 

 ルクレジオの冒険小説が大好きだ。彼は世界中を舞台に物語を創作した。

 インディアンは鯨の事をパワナと呼ぶ。帯にはこう書いてある「愛するものを殺すことができるのだろうか。」てっきりこれは人と鯨の友情を描いた小説だと思った。しかし違った。この物語は捕鯨の物語だ。捕鯨と聞いて直ぐに思い浮かぶのはやはりメルビルの白鯨だろう。この物語はルクレジオの白鯨へのオマージュだ。白鯨が刊行されたのは1851年で、当時は捕鯨の全盛期だった。パワナは2人の男の回想という形で物語が進む。

 

 1人はジョンという名のインディアンで彼の出身地はナンタケット。この土地の名を聞けば頷く人もいるだろう。何故ならこの地で白鯨の語り手がエイハブ船長の船に乗り込んだ。ジョン18歳でナンタケットを去り捕鯨船に乗り込み太平洋に面するメキシコのバハ・カリフォルニアに向かった。その捕鯨船リオノー号の船長がもう1人の過去を回想する人物で名前はチャールズ・メルヴィル・スカモンだ。実在したアメリカの捕鯨家だ。時は1856年で捕鯨で生計を立てる人が多くいた時代。白鯨の時代と一緒。

 

 スカモン船長は克鯨の隠れ処を探して船を南下する。やがてある潟湖(せきこ)で鯨たちの住処を発見するが、同乗していた水夫のジョンに鯨を愛しているのに何故殺そうとするのかと問われる。スカモンは後に後悔するようになる。確かに鯨の住処の第一発見者は自分だが、後にノルウェー、ロシア、日本から多くの捕鯨船がその潟湖を目指して行き鯨の殺戮が始まった。まさに血の海だった。 

 

自然を守るか。捕鯨で富を得るか。難しい問題をルクレジオが最後に残した。

 

 

長い旅の途上

 

 星野道夫の素朴な文章が好きだ。沢山の小さな物語。ムースやグリズリー、カリブー、多くの動物を見た。星野は特にカリブーの北極圏の季節移動に魅了されていた。北極圏の厳しい気候で何千キロもの旅をするカリブー

 ブルックス山脈は自然が手付かずに残されていて星野が時に気に入っていた山脈だ。人も来ない。彼はそういう観光客が決して訪れない土地が好きだった。

 沢山のオーロラを見た。彼が住むフェアバンクスからもオーロラは見れたが、アラスカ山脈のルース氷河から見るオーロラは格別だった。日本の子供たちも招待した。

 ザトウクジラの捕食シーンを見た。泡で魚を囲み追い込み空中に出て豪快に丸呑みする光景は圧巻だった。

 アザラシの脂肪を溶かして作ったシーンオイルに付けてカリブーの生肉を食べた。シーンオイルは強烈な匂いを放つエスキモーの伝統的な食べ物だ。

 

学生の時に親友が遭難事故で若くして亡くなった。星野は思った。人生には限りがある。彼がアラスカに訪れる一つの理由だった。

 

 星野がまだ20歳の時にアラスカの写真集で見たエスキモーの村の写真にとても感動した。訪れてみたいと思い、住所や宛名が不確かなまま手紙を送った。すごい行動力。複数の村に手紙を送ったがどれも返事は来なかった。しかし、まさかとは思ったが半年後にエスキモーの家族から返事が来た。手伝いたいなら世話するよと。一夏のエスキモーの家族と過ごしたアラスカでの日々が星野青年にとってはとても大きな財産だった。またアラスカに帰って来たい。ここに住みたいと思った。結局大人になってから星野は18年間アラスカに住んだ。星野が住むフェアバンクスに土地を買い一軒家を建てた。子供も生まれた。完全にアラスカに根を下ろすつもりだった。

アラスカ中を隈無く探検した。決して誰もが訪れることがないアラスカ北極圏に行った。

旅をするのは簡単だ。でも星野の場合は旅先で多くの人と出会い彼等から話を聞いた。

南東アラスカにあるシトカという町はとても美しい町として有名だった。

ボブは酒に溺れて一時期浮浪者のような生活をしていた。しかし生まれ故郷のシトカに戻り森の中の墓地を掃除した。クリンギットインディアンの墓だった。彼にはアラスカ先住民の血が流れていた。無償で10年という歳月をかけてインディアンの墓を守った。ボブの利害を求めない人柄は多くの住民からは尊敬の目で見られていた。

アラスカは辺境な土地だ。そこで星野は自らの物語を創造した。ブルース・チャトウィンパタゴニアにも通じるものがある。

 

 

南極で心臓の音は聞こえるか 生還の保証なし、南極観測隊

 

 著者は88年生まれ。学年は分からないが僕と同い年だ。研究者として比較的、若い世代がこうやって本を書いてくれる事が嬉しい。いい読書だった。

 

 前回に読んだ渡貫さんの本は調理隊員として彼女は南極に行った。彼女の場合は昭和基地に留まる事が多かった。今回の山田氏は研究者として南極に行った。同じ南極観測隊員でも立場が異なる。彼は気象隊員なので南極の奥深く頂上部まで行った。

 

 南極での研究の目的は地球温暖化から人類を救うためだ。地球温暖化の影響が顕著に表れているのが南極だ。温室効果ガスの増加によって氷雪が溶けて南極の水位が年々、上がっている。歴史的に見て地球は冷却化したり温暖化したり繰り返している。だから温暖化で地球が爆発したりする事はない。しかし人類の生存が危うい。気温が上昇すると、作物が育たなくなったり、野生動物が人間の移住地に入り込んできたり様々な問題が起こる。今、世界のニュースで良く耳にする気候変動だ。南極でデータを採取して地球温暖化を食い止めないといけない。

 

南極は98%が氷で覆われているという。そもそも南極は大陸なので氷のずっと下には陸が存在するのだ。

南極は日本列島の約37倍の面積で途轍もなく広い。昭和基地は沿岸部にあって海から基地へアクセスがし易い。

海上自衛隊が支援する「しらせ」砕氷船だった。ラミングと呼ばれる海氷に助走をつけて乗り上げて進んでいく砕氷船

無音の世界の南極ではブリザードがよく起こる。吹雪になると500メートル先は見えなくなる。視界が遮られる。大陸も馬鹿でかい。そんな世界で仲間とはぐれたら簡単に遭難してしまう。

南極の気温は冬季ではマイナス60度になる。南半球では7月から寒くなる。

 

 何よりもすごいのは南極大陸、内陸部への2回の旅だ。著者の山田氏は標高が3800メートルがあるドームふじ基地まで行った。後、冬季にみずほ基地に行った。ドームふじ基地昭和基地からは100キロも離れている。最も新しく作られた基地だが、現在は使われていない。南極大陸の内陸部は標高がとても高いので酸素が薄くなる。雪上車で向かった隊員たちの命の保証はない。まさにこの本のタイトル通り、生還の保証なしだ。雪上車に何か故障が起これば機械隊員が修理、点検する。医療隊員と同様に機械隊員の存在は重要で彼の代わりは他にいない。実際にブリザードで何日か足留めを食らった。食糧の予定日程分が尽きる可能性もある。南極大陸の内陸部への調査旅行はとてもリスクと緊張感を伴う移動だ。

 

 

 

南極ではたらく

 

 調理隊員として見事3回目の挑戦で合格した渡貫淳子氏の1年4ヶ月を南極で過ごした記録だ。彼女はつい最近までコンビニで売られていた悪魔のおにぎりの考案者だそう。南極ではゴミを全て持ち帰らなければならないので最低限ゴミを抑えるために天かすと麺つゆを使ったおにぎりが誕生した。

 

 まず第一に南極大陸には何もない事に驚いた。一面、見渡す限り真っ白。あまりにも非日常の世界なので夢をみているみたいだ。ペンギンとアザラシが居るだけ。でも生き物がそばに居るだけで安心だ。魚も生息していて釣りもできる。

 

 渡貫氏の南極に行きたいという強い意志があった。第55次隊から毎年応募して遂に3度目での試験で合格して第57次越冬隊に選ばれた。彼女は学生時代に自転車競技に打ち込んでいて体力があった。そして調理師の免許も持っていた。南極地域観測隊に選ばれるのは僅か30人と言うから驚きだ。

 

 まず、南極にはどうやって行くのかこの本を読むまで知らなかった。まず飛行機で日本からオーストラリアのフリーマントルまで行きそこから海上自衛隊の船「しらせ」で行くのだ。南極の岸辺まで来たらヘリコプターで基地まで向かう。着いたら第56次隊のメンバーと入れ替わる。彼らのボロボロの服装や焼けた顔が印象的だ。

 

 そして1年間は物資の補給船も無く完全に隔絶した世界で隊員30人と一緒に過ごす。彼女の仕事は調理隊員なので厨房に立つ時間が多いがそれ以外には除雪作業や南極の道なき道を雪上車で運転する。調理隊員と医者は2人いるので相方さんと交代しながらやっていく。他の隊員は1人しかいないのでプレッシャーがある。

 

 南極の昭和基地は実は南極大陸上には無く大陸から約4キロ離れた島にある。南極大陸に向かうには雪上車で海氷上を進んでいく。実際には昭和基地がある東オングル島から氷で南極大陸まで繋がっている。踏み場を確かめながら赤い旗を目印に運転する。

 

 発電機はとても重要で南極の氷から水を作るのも機械だ。集団生活なので喧嘩になる事もある。皆30人それぞれ価値観が異なるのだから当然だ。南極での生活は制限が多い。基地の周りを半径1キロ程度は自由に行動できる程度でそれ以上は許可が必要。