老いぼれグリンゴ

 カルロス・フエンテスの老いぼれグリンゴを読了。以前私がメキシコに旅行に行った時に驚いたことがある。メキシコ人が読書好きでいたるところで古本市場を見かけたことだ。マンの作品やウルフ、ワイルド、世界文学が揃っていた。駅前にも本が置いてあった。そこでカルロスフエンテスの著書を目にしたのが最初の出会いだった。

 老いぼれグリンゴはやや難解な読書だった。死に場所を求めてグリンゴ爺さんはメキシコに渡る。物語の冒頭はグリンゴが棺桶に入って土の中に埋められるシーンから始まるので最初は読者は戸惑うと思う。本書を翻訳した安藤哲行氏の解説によるとどうやらフエンテスの独特の描き方であるらしい。グリンゴとはスペイン語アメリカ人の男性へ蔑称である。彼らは侵略者であり歴史的にはカリフォルニアはメキシコの領土であった。スペインによる300年に及ぶ植民地支配の後の米墨戦争の結果、テキサスを含む多くの領土をメキシコは失う事になった。本書はフエンテスによるメキシコ論でもあるのだ。

ストーリーは読んでいく内に謎がどんどん解けていって最後まで読み通したいと思わせる大変面白い読書体験だった。遠い日本の国からの読者にとってはメキシコの小説はちょっと専門用語や地名などで読むのが厄介な箇所が確かにあるが構わず読み進めていこう。著者の、フエンテスは自身のメキシコ人のとしてのアイデンティティーに深く考察し本書を著したのだと思う。フエンテス自身の生まれはパナマシティーで親が外交官だったためラテンアメリカの首都を転々とする幼少期を送っていた。首都のワシントンに住むようになると平日は英語で休みになるとメキシコ市に帰りスペイン語を勉強した。もう子供の時点でグローバルの感覚を身につけていたフエンテスは尚更自分の故郷のメキシコとは何なのかと模索する。実在に存在したアメリカ人作家のアンブローズ・ビアス氏のメキシコへの失踪から本書は生まれた。

ごく一般にいうと豊かな生活を求めて南から北への国境を渡るのだが老いぼれグリンゴのように特異な人物もいてメキシコに密入国する変わり者もいる。グリンゴは革命軍に参加し物語の中心人物のアローヨ将軍に出会い、彼が居座っているアシエンダという街で同じくアメリカから去ったハリエット・ウインズローにも出会う。この物語はこの3人の視点を中心に進んでいく。グリンゴ爺さんとハリエットも辛い過去を抱えこの高度の高いサボテンと乾燥した干上がった土の国に逃げてきた。皆んな馬に乗って移動して登場人物皆、複雑な過去がある。本書がアメリカで英訳が出されると反響がものすごかったようだが、当事者であるメキシコとアメリカ以外の国の人が読んでも十分に楽しめる。特にメキシコの文化、宗教、地形、歴史、メキシコとアメリカの関係、メキシコ側からみた超大国アメリカとは何か知りたい人は絶対に読んだ方がいい。