心は燃える 

 

 ルクレジオほど世界中を舞台に小説を書いた作家は他にいないだろう。見事な中短編集だ。

 

 何故ルクレジオの小説はこれほどまでに多様性に富んでいるのか。それはイギリスに次いで世界中を植民地支配したフランスの歴史が理由だと思う。西アフリカや北アフリカはフランス語圏や旧植民地が多い。アンティル諸島グアドループマルティニークの小さな島々は今だにフランスの海外県に属している。日本から近い、ニューカレドニアポリネシアタヒチもフランス領だ。フランスの海外領土から異なる人種の人々がフランスに移民としてやってきた。

 

 表題作の「心は燃える」は幼少期をメキシコで過ごした二人の姉妹の物語。ボルドーに住む成績優秀な判事で姉のクレマンスと非行少女の妹のペルヴァンシュ。とても現代的な物語。不良仲間とつるむ妹を心配し続ける姉の苦労が窺えるが結局は姉の助けは無用で妹自身が妊娠して出産して一児の母となって自立した女性になるのだ。

 

「南の風」はタヒチを舞台にした大人の女性に失恋して一回り成長した青年の物語。母性的な姿が美しい現地女性のマラムとフランスから父親の仕事の都合でやってきた青年トゥパ。島を離れるマラムを淡々と見送るトゥパの姿はやけに大人びいている。

 

「宝物殿」はヨルダンのペトラ遺跡を発見したスイス人の探検家のヨハン・ルートヴィヒ・ブルクハルトの足跡を辿る同性の男の物語。彼は探検家のペトラ遺跡に関して書いた書物を読んでから追体験するためにヨルダンまで来た観光客だ。

 それと並行してとても小さな少年の物語が語られる。ペトラに住む少年とスイスから訪れた西洋人の女性。自分の亡くなった母親の姿を彼女に重ねて写すサマウェイン少年は彼女の観光案内をするが、嵐の日に一夜過ごした洞窟を最後に彼女は消えてしまった。過去との決別を意味するために自分の宝物である母親の写真入りの鞄を洞窟に住む老婆に譲る。この物語も「南の風」と同様に失恋を経験して強くなった10代の若者の物語。

 

「カリマ」は貧しいカリマという名の北アフリカ出身の女性が西側の豊かさを求めて船でフランスのマルセイユに行き娼婦として生きていくが暴漢に襲われて悲劇的な結末を迎える。たとえ先進国の西欧に移住しても幸福になれるとは限らないという現実の厳しさを痛感する話だ。

 

ルクレジオの小説は彼の旅行体験と読書体験が創作の源になっていると思う。