アフガニスタンの診療所から

 2019年の12月4日にアフガニスタンで医師をしている中村哲氏が何者かに銃撃を受けて殺された。運転手と4人のボディーガードも含めて全員が亡くなった。アフガニスタンは今だにタリバンがいて武装組織がいてイスラム国がいて非常に危険な地域だ。日本で生温い生活をしている僕には予想もつかない世界。911同時多発テロがあってアメリカはアフガニスタン空爆してから大勢の市民が亡くなった。最初英国が攻めてきて次にソ連の侵攻があって常に戦禍に見舞われてきたアフガニスタン。一体この国に平和が訪れるのはいつになるのか。

 中村哲氏は1984年から事件までずっとアフガニスタンで医師として働いていた。常に命を狙われる危険があるのにそこまで出来る人は滅多にいない。ちょっと言葉に出来ない。偉大過ぎて。中村哲氏の訃報をニュースで聞いた人も多いと思う。私もその内の一人だ。中村哲氏のような偉大な人物がいた事を知っておいた方がいい。アフガニスタンパキスタンの国境沿いのペシャワール(アフガニスタン北西部)という都市がある。そこでハンセン病と言わずに正式な名称らい病患者の治療にあたる。ペシャワールから決して外国人が立ち寄らない、山岳部に実際に足を運び現地に医療所を作った。中村哲の功績は非常に大きい。彼は欧米の援助機関から距離を置き独自にJAMS( 日本ーアフガン医療サービス=ペシャワール会)という名の組織を作り活動してきた。アフガニスタンの人々と共に伝統に敬意を払い現地に根差したやり方で。欧米の価値観の押し付けではそれは難しい。親族による復讐の文化や男性優位社会、コーランへの崇拝。とてもでは無いが部外者が横槍を入れる筋合いはない。欧米のフェミニズムイスラム教の男女隔離社会を糾弾するが無理矢理、母性を無視して男と肩を並べること自体が問題である。

僕が最も感銘を受けた箇所を引用したい

 「すべてのいきさつは、ただ縁のよりあわさる摂理である。人のさからうことができぬものである。多くの出会いがあり多くの別れがあった。私を当地に結びつけた多くの知人、友人、先輩もこの10年という短い期間に世を去った。「人は生きているのではなく、実は生かされているのだ」」

アフガニスタンの診療所から」が世に出版したのが1993年で、それから26年後に中村氏はこの世を去った。最期までアフガニスタンで仕事が出来て本望だったのではなかろうか。

アフガニスタンの診療所から (ちくま文庫)

アフガニスタンの診療所から (ちくま文庫)

  • 作者:中村 哲
  • 発売日: 2005/02/09
  • メディア: 文庫