わが妹、ヴァージニア 芸術に生きた姉妹

 一語一句、丁寧に読んだ。まるで彫刻や絵のような美しさがある文章。

 初めてこの小説のタイトルを読んだ時は頭が混乱した。てっきり、タイトルから察するにヴァネッサの自伝ではないかと思った。しかし筆者の名前はスーザン・セラーズという方だ。英題は「Vanessa &Virginia」

邦題は「わが妹、ヴァージニア 芸術に生きた姉妹」確かにこのタイトルの方がより内容を反映していると思う。

 実は本書はスコットランドの大学の研究者の方が書いた小説だ。筆者はウルフの研究者でこの物語は小説だが書かれている情報は歴史的事実に基づいている。セラーズ氏の想像力を歴史的事実に加味して書かれたフィクションだ。実によく出来ていると思う。小説での第一人称はヴァネッサで彼女の視点で語られ作中に出てくる「あなた」とはヴァージニアの事である。

 2人の芸術家、一人はゆくゆくは英国の代表的な作家になる妹のヴァージニアと姉で画家のヴァネッサ。妹ほど知名度は高くはないが姉のヴァネッサも画家として生涯芸術に生きた人だった。小説は2人の生い立ちから始まる。とても複雑な家庭環境で育った二人。両親は共に再婚同士で連れ子がいた。著名な編集者だった父親レズリー・スティーヴンは神経質で気難しい人だった。その面影は後にウルフの代表作である「灯台へ」に登場するラムゼイ夫人の夫になって姿を表す。そしてラファエル前派のモデルを務めたほどの美人だった母親は娘たちに深い愛情を注ぐ。典型的な家父長制の家庭に生まれ育った姉妹。そして異父兄弟のジョージからの性的虐待を受けたヴァージニア。2人の姉妹の創作の源になったブルームズベリ・グループの存在。

 あくまでもこの物語はヴァネッサが主役なので彼女の絵画修行の描写が多い。文章だけでここまで絵の描き方を語れるのはすごいと思った。ただ単純な仲良しな姉妹ではなかった。とても屈折した妹への愛情。作家として成功した妹への焦りとか生涯心の病に悩まされた妹への当惑。画家として収入を得られるほど成功した訳ではなかったヴァネッサ。

 ヴァネッサの恋愛遍歴がすさまじい。物語に登場するだけで三人の男性に恋をしている。最初の夫だった美術評論家のクライヴ・ベル。不倫のような恋愛関係に発展した画家のロジャー・フライ。フライは英国の美術界を率先してリードしていった存在で彼の死後、ウルフがフライの評伝を書いた。そしてヴァネッサの恋人のダンカン。あまり知られてないがヴァネッサの長男のジュリアンはスペインの内戦に従軍して戦死した。最愛の息子を失った失意のヴァネッサを励ますヴァージニア。そして第二次世界大戦が始まりロンドン空襲で家を焼かれた二人の姉妹。物語は姉がヴァージニアの入水自殺を遂げた報告を受けたところで幕を閉じる。ヴァネッサは第一次世界大戦第二次世界大戦と両方の世界大戦を経験して生き残っている。激動の時代を生きた人だった。苦難は続いたがそれでも彼女は創作の手を緩めなかった。描き続ける事を先に死んだ妹から教わった。

今現在、YouTubeでヴァネッサの絵を見る事が出来る。とても繊細で美しい絵だ。果物とか陶器とかの静物が色鮮やかに描かれ一瞬で心奪われる。ウルフの小説はもはやモダニズム文学の代表として名高いが、姉のヴァネッサも偉大な画家だったのだ。

 

わが妹、ヴァージニア: 芸術に生きた姉妹

わが妹、ヴァージニア: 芸術に生きた姉妹