リュドミラ・ウリツカヤの緑の天幕を読了。700頁を超える長編だが毎日読むのが楽しみだった。読書中、空想の中でずっとモスクワに居たようだった。ソ連政府に監視され抑圧された社会で懸命に生きる市井の人々を描いた傑作小説。沢山の登場人物が出てくる。皆それぞれ個性的で面白い。
都市に住む三人の少年たちが物語の主役だ。反体制派の書物の発行に関わる毒舌家のイリヤと音楽家で繊弱なサーニャとマヤコフスキーやパステルナークの詩を愛するミーハ。彼らの先生の独ソ戦で片腕を失ったシェンゲリ先生。先生が引率する週一で行われるモスクワ市内のプーシキンやブルガーコフ、ロシアの作家のゆかりの建物を訪れる文学散歩は子供たちの楽しみだ。サーニャの祖母のアンナは教養があってミーハのお気に入りだ。
ソ連時代では西側の音楽や芸術、文学は排除されていた事は知っていた。どういう風に禁じられていたのかはウリツカヤの自己体験を通じて詳細に語られる。盗聴、尾行は当たり前で家宅捜索で反ソ的な物が見つかったら逮捕される。そしてラーゲリに送られる。詩人のミーハは人一倍、思いやりが強くて優しい男だったので聾唖学校の教員を勤めて自分の仕事に生き甲斐を見つけるが、反体制派の本を読んでいた事を同僚から密告されて学校を解雇された。ミーハは裁判にかけられて三年の懲役刑に服されるが出所後はタタール人の少女を匿った罪でイスラエルへの国外追放をKGBに言い渡される。自分の信念に生きたミーハが強く印象に残った。
緑の天幕には史実と実在する人物が多く取り込まれている。スターリンの葬儀で起きた民衆の圧死。スターリンの圧政によりクリミアから追放されてウズベキスタンに強制移住されたタタール人。モスクワの劣悪な共同住宅。
ウリツカヤが生きたソ連という国の特異性を分かったような気がする。スターリンやレーニンは偶像崇拝の存在になっていて指導者を批判する絵や書物は取り締まりの対象になった。ソ連という国の途方もない広さ。スターリンの故郷のジョージアやバルト三国は独立前はソ連という巨大な国家の一部だったのだ。その広大な土地に驚かされた。極東ロシアには素朴な農民が住んでいる。そしてソ連国内でもユダヤ人差別があった。イスラエルに送られるユダヤ人たち。本書は極めてロシア的な本である。ウリツカヤは緑の天幕を通して自分からみたロシアの姿を綴ったのだと思う。
