ぼくらが漁師だったころ

 チゴズィエ・オビオマのぼくらが漁師だったころを読了。今、アフリカから特にナイジェリアには沢山の良い作家がいる。オビオマもその1人である。作品のレベルがとても高いと思った。本作品は青春小説だ。オビオマは29歳の時にこの物語を書いた。若い世代にしか書けない物語だ。映画のスタンドバイミーが脳裏に浮かぶ。9歳の少年の視点から物語は進む。舞台はナイジェリアのアクレという街だ。著者の生まれ故郷で自分の人生を多少は反映させた作品でもある。4人の兄弟は何時も仲が良い。まだ幼い2人のンケムとデイヴィッドと両親を合わせると8人の大家族だ。

 兄弟たちは漁師になると言ってオミオラ川という昔、女性の遺体が引き揚げられたと噂される醜聞の絶えない川まで魚釣りに出かける。それが全ての悲劇の始まりなのだが。川でアブルという名の狂人に遭遇して長男のイケンナは死を予言される。しかも漁師である兄弟のボジャに殺されると言う。悪名高き預言者のアブルにアグウ一家は翻弄される。ネタバレになるがアブルの予言通りにイケンナはボジャに殺される。弟のボジャもイケンナを殺した後に家の井戸に飛び込んで自殺する。三男のオベンベと語り手の少年、ベンジャミンはアブルに敵討ちを計画を企てる。

 ナイジェリアの文化的な要素が巧みに織り交ぜられているので非常に面白かった。まずナイジェリアは公用語が英語だが、実は複数の言語を使い分け日常の生活で使われている。子供たちはヨルバ語とイボ語を話してベンジャミンの父親は子供たちを叱る時はより明快な英語で話す。

 普段は近くに市場で働いていて兄弟の事件があってから精神的に不安定になった母親。実直で真面目に子供たちの将来を期待するナイジェリア銀行に勤める父親。アブルに会って以来すっかり怒りっぽくなった長男のイケンナ。そのイケンナと不仲になって兄と喧嘩する学校でも問題児のボジャ。そして博識で行動力のあるオベンベと臆病なベンジャミンの物語だ。そして次々と人の不幸を時には幸運を予言するアブルはアフリカに伝わる魔術や呪いの象徴のようだ。

 著者のオビオマは西洋の教育を受け、現在はアメリカの大学で教鞭を執っている。アディーチェもそうだったが、現在はアフリカの人々が旧宗主国に移住して西洋から故郷のアフリカを眺め小説を書くスタイルが新しい。余談だがナイジェリアではチは幸運をもたらす意味があるそうで著者のチゴズィエにもチがある。アディーチェのファーストネームのチママンダにもチがある。

 

ぼくらが漁師だったころ

ぼくらが漁師だったころ