ウィトゲンシュタイン家の人びと

 

 こんなに面白い伝記には滅多に出会えない。これは真実なのだろうかと疑うぐらい波瀾万丈でノンフィクションとは思えない。ウィトゲンシュタインと言えば、論理哲学論考を著した哲学者で有名だ。ルートウィヒは七人姉妹兄弟の末っ子だった。そして二歳歳上の兄のパウルは片腕のピアニストで世界的に有名な音楽家だった。実は生前はルートウィヒよりもパウルの方が有名だった。兄妹の内の三人が自殺した。一家全員が、人付き合いが苦手で気難しく激しやすかった。ルートウィヒ自身も自殺の念慮に苛まれていた。ポーランドクラクフトルストイ福音書に出会い彼の人生を大きく変えた。

 

 家族全員が個性が強すぎて一人に絞れなかったので著者は一家の伝記を書く事にしたのだと思う。この物語の主役は四男のパウルだ。彼の不屈の精神がすごい。第一次世界大戦で、祖国オーストリア=ハンガリー帝国の為に戦った。そしてロシア軍を偵察中に敵からの砲弾で右腕を失った。以来、片腕のピアニストとして名声を博すようになる。従軍中にロシア軍の捕虜となりシベリア流刑となった。生きるか死ぬかの世界だ。パウルは希望を失わず、木箱を鍵盤に見立てて片手でピアノを弾く練習をした。最終的に重傷捕虜となり解放されるが、第二次世界大戦ではユダヤ人の疑いをかけられたアメリカに亡命した。最終的にアメリカの市民権を取得して暮らすことになる。

 

 僕はこの家族と共感しながら読んだ。まず、何故パウルやルートウィヒが学問や芸術の世界に没頭する機会があったのか説明がいる。父親のカール・ウィトゲンシュタインが莫大な金持ちだったのだ。彼は鉄鋼業で成功して富を築き上げ二億ドルもの資産があった。長女のヘルミーネや妹のグレートルが寄付や慈善活動が出来たのも親の遺産のおかげだった。