精霊たちの家

 イザベル・アジェンデの精霊たちの家を読了。いや。すごい。ある一族の壮大な物語である。著者のアジェンデは故郷の軍事政権に掌握されたチリを去り亡命先のベネズエラで本書を執筆した。ラテンアメリカ文学マジックリアリズムの要素は本書にもみられる。アルバの亡くなった祖母のクラーラの亡霊が屋敷に集まった精霊たちと一緒に屋敷内を彷徨っている。クラーラの予知能力やモラ三姉妹による予言。現実離れしたお話は本当に面白い。木村榮一の完璧な翻訳には感謝したい。スペイン語の訳者が日本に少ない中で彼の功績は非常に大きい。訳者の木村榮一が指摘するようにこの作品の舞台は軍事政権下でのチリだ。チリ出身で亡命を余儀無くされたアジェンデの実体験が反映された物語でもある。

 祖父のエステーバン・トゥエルバは気難しく短気、女好きで最初は私はかなりの悪印象をもったが物語の始めから終わりまで出てくる。一族の中で交通事故で亡くなったり、早逝したり、海外に移住したり、物語の重要な位置を占める「角の邸宅」からいなくなる人物が大勢いる中で、彼とその孫娘のアルバだけはその「角の邸宅」に最後まで残る。物語の後半は共産主義の思想を持つ左派政権をクーデターを起こし破壊して軍事政権が権威の座につく。アルバは政府に楯突いた罪で政治警察に連行される。非常に緊張感のある物語の後半は一気に読めると思う。全ては上手く繋がっていて読者を圧倒させる濃密なストーリーだ。

 最初の方では超能力と透視の能力を持つクラーラを中心に物語は進んでいくが、その娘のブランカとフランス人貴族との結婚があったりいずれ破局したり読者を飽きさせない興味深くエピソードが多数ある。ラテンアメリカといっても一概に人を説明する事は出来ない。単一民族の日本人からするとあまり縁のない世界だと思う。一つの土地に土着したインディオもいれば、スペインからの侵略者もいる。インディオとの混血もいる。非常に多種多様の人種が存在するのだ。ラテンアメリカの作家たちはマルケス百年の孤独と同様、アジェンデの精霊たちの家も大伯父から祖母へ、祖母から娘へ、娘から孫へ物語を語り継いでいくのが大事なのだ。子供の頃に聞いた民話だったり童謡であったり小さな物語がその後大人になってから小説を書く上で土台にある。アジェンデの精霊たちの家はラテンアメリカ文学の代表作と知られているが、ラテンアメリカの人は複雑で厄介な人間関係、厳しい気候や土地を忘れるために小説を書くのだ。