ビアンカ・ベロヴァーの「湖」を読了。以前、チェコのプラハに旅行に行ったことがある。プラハの冬の寒さは厳しかった。肌が痛くて歩く人は皆足早に歩いていた。ビアンカ・ベロヴァーはチェコ・プラハ出身の作家である。「湖」はナミという名の少年が幼少期におぼろげに記憶に残っている失踪した母親を探す冒険の物語だ。冒頭の台詞に「旅に出ている人たちに捧げる」と書いている。
ボロスとう名の架空の街から都心に出て行くナミ。物語は全体を通してとても暗い。横暴なロシア軍の兵士がナミが恋心を寄せる少女のザザに性的な暴行を加えた描写や都市に出たナミを待ち受ける日雇いの危険な工場作業。こういうのは東欧の極寒の気候的な背景が関係しているのだろうか。読んでいて寒気がした。冬に読む物語としては最適だろう。都市で得た情報を頼りに紆余曲折を経てとうとう実の母親と再会したナミ。ナミの父親はもうこの世にいなく、ナミの育った街にある湖に遺体が捨てられた過去を知る。タイトルの「湖」はボロスに存在する広大な湖を指す。ナミの幼少期に母親と一緒に泳ぎに行った湖。そこで父親の遺体探しをする所で物語は終わる。
序盤のナミの実家に突如住み始めた工場主の男の暴力の描写は凄惨である。それも都市に行こうと決意したきっかけであろう。母を訪ねて三千里を彷彿とさせる展開である。そしてナミの成長の過程を綴る物語でもある。何年かして帰郷したナミの逞しさに工場主は怖気つく。最終的には冒頭のシーンの一家で泳ぎに行った湖にまた戻るのだが、一回り大きくなったナミは頼り甲斐のある男として描かれている。チェコ文学といえばカフカだが、謎が多く全体を覆う不安感がカフカっぽい。でもカフカ的な不条理さはない。グローバルな作品だと思う。これからが楽しみな作家である。