愛その他の悪霊について

 

 面白い。ラテンアメリカの植民地時代に悪霊に取り憑かれたと噂される少女の物語だ。当時は教会の権力が途轍もなく強かった。侯爵でさえ司教の指示には逆らえなかった。マルケスは元々新聞社の記者でジャーナリストだったから史料を集めて歴史小説を描くのは得意だったと思う。

 

 改めて南米の人種の坩堝に驚かされる。黒人がいて白人がいて混血がいてインディオがいる。裕福な侯爵の娘であるシエルバ・マリア。両親から愛情を受けずに育った為、かなり病的で感じやすい娘になった。彼女は両親の屋敷から離れた敷地内の奴隷小屋で奴隷たちと一緒に生活した。彼女が怒ると、庭中の生き物が騒いだり海が荒れたり不思議なパワーがあった。マルケスの諸作品に通じる不可思議で現実の世界では起こり得ないマジックリアリズムも本書では随所に見られる。

 

 とにかく、当時はキリスト教の権力が絶大だ。悪霊退治で十字架を振りかざしたり、身体に聖水を撒いたり非科学的な事が多い。読んでいてちょっと恐ろしくなった。映画のエクソシストの世界に近いと思った。

シエルバ・マリアは純血を守るため結婚するまでは髪の毛を切らずにいた。床に三つ編みの髪の毛を引きずって歩く姿が思い浮かぶ。ある日、港で野良犬に噛まれ発熱の症状が出て狂犬病の疑いがあった。父親の侯爵が司教に相談したら司教は悪霊に彼女が取り憑かれたという。即刻、修道院に彼女を預けた方がいいと侯爵に忠告する。後日、狂犬病には感染していないのが分かった。

 

 父親は彼女をカリブ海に面するサンタ・クララ修道院に連れて行った。彼女を置いてけぼりにした父親とは二度と会うことはなかった。彼女は悪霊に取り憑かれているというが実際には悪霊に取り憑かれたのではなく、彼女の虚言癖が原因だった。周りの大人たちは彼女の発言を鵜呑みにした。

 

 一人孤独に修道院の独居房で幽閉された生活を送る。彼女を救うのはカエターノ神父だ。夜、こっそり修道院に忍び込み毎日のように逢瀬を重なる。彼女は正気だ。そして神父が修道院内に侵入しようとして遂に修道女に見つかって取り押さえられた。そして神父は有罪の判決を受けた。後に恩赦されるが二人は永遠に離れ離れになってしまう。

 

「愛その他の悪霊について」というタイトルは最初の方はあまりピンと来なかったが物語の終盤になってようやく理解できた。悪霊に取り憑かれたとされるシエルバ・マリアと悪霊を宗教の力で追い払おうとする神父との愛の物語なのだ。