若き日の哀しみ

ダニロ・キシュの自伝的短編小説を読破。

ユーゴスラビアの文学だ。セルビアクロアチアスロベニアがまだ分離、独立する前にあった多民族国家だ。訳者に山崎佳代子氏はベオグラード在住でキシュをセルビア語から訳した。

キシュの父親はユダヤ人で母親はモンテネグロ人。第二次世界大戦中にユーゴスラビア侵攻したナチスユダヤ人を虐殺した。当然、キシュの父親も狙われたが現地での虐殺には命辛々逃れたが、後に強制収容所に連れて行かれ帰らずの人になった。

テーマは重いが独特なアイロニーがあって面白かった。アンディという名の少年はキシュ自身であり自伝的物語だ。アンディの目を通して語られる素朴な少年時代の思い出は美しい。僕の好きなタイプの物語だ。静謐で何処か懐かしく、誰でも一度は経験したような田舎での自然や生き物との交流。

登場人物は魅力的だ。心配性の母と弟を揶揄う姉のアンナ、アンディの初恋の相手のユリア。家族構成はキシュの自身であって創作ではない。そしてアンディの飼い犬のディンゴとの友情。犬はやはりとても大切な存在だ。戦時下でも飼い主を慰めてくれる。そして最後まで飼い主に忠実でついてきてくれる得難い存在。

ハンガリーの田舎の場面から始まって徐々に戦争の魔の手が訪れる。強制収用所に連れて行かれた父親は二度と戻ってこなかったと叔母から聞かされる。

 短編集ではあるが、一冊の物語に繋がっているので読みやすかった。とても小さな物語が続いていく。

素朴で美しい小説。