アイヌの世界に生きる

 

  20日間ほど北海道の十勝に住むアイヌ人女性のアイヌ語を口述筆記した記録だ。アイヌ人女性の人となりと生い立ちも書かれている。まずこの本が書かれたのは1984年で文庫化されて出版されたのが2021年。何故、今になって復刻されたのだろうか。ゴールデンカムイと言うアニメが大変人気で現在のアイヌブームの火付け役となった。だからその流れに乗ってこの本が文庫化されたのだと思う。

 

 よく日本は単一民族と言われるが実際は違うのだ。北海道にアイヌ人が住んでいた。文字を持たず独自の言葉を話す狩猟民族で自然と共に暮らしていた。それが明治時代、1900年代の初頭に本州から和人が北海道開拓の目的でやってきた。アイヌ人を日本人化させようとした。現在では中国でウイグルチベット少数民族の弾圧が日本でニュースになっているが、日本人も似たような事を昔はやっていたのだ。アイヌ人への差別や偏見があった。こういうのは日本人なら知っておいた方がいい歴史。

 

 これまで小説でアイヌの存在を僕は知ってはいたが、まだまだ謎の存在だった。池澤夏樹の小説の「氷山の南」はアイヌ人の青年とオーストラリアのアボリジニの女性を繋げたとても面白い作品だった。津島佑子の「海の記憶の物語」もアイヌ人を母親に持つ少女のお話でこちらも良い小説。

 

 まずアイヌ語の響きがいい。例えば鳥はアイヌ語でチカップと言う。ハボとは母親の事。カムイとは神様の事。アイヌの人々はとても信仰深い。特に熊をとても敬っている。狩猟民族なので野生の動物を狩って生活をする。熊は肉を届けてくれる偉大な存在だ。

 

 アイヌ女性のトキさんは、日本人の親に捨てられアイヌ人女性の義母に育てられた。北海道開拓時代には日本人の捨て子をアイヌ人が引き取るのはよくあったそうだ。18歳で結婚して家を出るまでは義母との生活の中でアイヌ語しか話さなかった。トキさん自身は自分をアイヌ人だと思っている。だからアイヌ語を誇りに思っていてこの本の著者にアイヌ語を残すために口述筆記を依頼した。でも決して人前でアイヌ語を話そうとしない。アイヌ人への偏見があるからだ。

 

 極寒の世界で著者はトキさんの家に短期間だが住む。北海道全域でアイヌ人は住んでいたが、トキさんが住む北海道内陸部の十勝は手付かずのアイヌ文化が残っていた。北海道南部の札幌や小樽は和人との交流が盛んで純粋なアイヌ文化は廃れつつあった。