雪の練習生 多和田葉子

  厳冬の冬の日には寒い本を読みたくなった。今の季節にぴったりの本を読了。「雪の練習生」はホッキョクグマの物語だ。多和田氏の筆力というか創造力がすごい。三つのお話に分かれていて、一話目の「祖母の退化論」では引退したサーカスの曲芸師のホッキョクグマが自伝を書き始め出版社に評価されて人気の作家になるところから始まる。まず第一に驚いたのはホッキョクグマが喋れて人とコミュニケーションを取れる事だ。

 二話目の「死の接吻」では幼少期からサーカスに入団するのを憧れていて見事にサーカスの花形に抜擢されたウルズラと彼女のパートナーのホッキョクグマのトスカの物語だ。まだ冷戦中の、ドイツが西と東に分かれてた時代でソ連の影響力が窺える。サーカスの本場のソ連から寄贈されたトスカを訓練する調教師のウルズラの視点から物語が始まるが、終わりの方ではトスカが物語を語る。ウルズラの生い立ちと成長過程は読んでいて面白かった。猛獣使いになる前はロバを調教していたそうだ。そういえばサーカスの本場といえばロシアだとなっと思い出した。

 そして第三話の「北極を想う日」はトスカの息子のクヌートとマティスの物語だ。育児放棄したトスカの代わりにクヌートを育てたマティスは動物園の飼育員でクヌートはベルリン動物園の人気者だ。面白いのは今までとは逆にホッキョクグマのクヌート側の視点で物事が進んでいく事だ。どうやら解説によると、クヌートはベルリン動物園に実在したクマのようで多和田氏ははそこから着想を得てこの物語を書いた半ノンフィクションでもある。寂しがり屋のクヌートと愛情深いマティスの関係は美しく心に迫る物がある。実際に檻に閉じ込められた熊の心境はどうなのだろうか?とそんな事を思い浮かべながら多和田氏は物語を作ったと思う。動物園なので勿論、ツキノワグマやマレーグマ、ナマケグマ、狼色んな動物が登場する。クヌートは話せるので彼らとの会話も愉快だ。北極に憧れるクヌート。外の世界に憧れるのは動物の本能かもしれない。

 この物語のテーマは人間と動物の信頼関係だ。作家で動物好きな人が多いが、多和田氏もその一人で何回もベルリン動物園にクヌートを見に行ったのだはないだろうか。作者の動物愛がひしひしと伝わってくる。優しい方だなと思った。それにしても彼女の作品は面白い。ユーモアがあって話を膨らませるのが上手い。とても魅力的な文章の書き方をする。今はベルリン在住でドイツ語と日本語の両方で創作を続けている。現代の作家で今一番僕が注目している作家の一人である。

 

雪の練習生

雪の練習生