インド神話物語 ラーマーヤナ

 

 感無量。毎回、大袈裟で恐縮だがこんなに面白いファンタジーは読んだ事がない。イギリスの指輪物語ではなくアジアの人々はラーマーヤナを読んだ方がいい。紀元後二世紀頃に誕生した物語で今まで多くの作家によって読み継がれてきた。地域や国、作家や年代によって、物語の粗筋は変わる。オリジナルはサンスクリット語で全7巻。僕は飽きっぽくて集中力が足りないので上下二巻に分けたデーヴァダッタ・パトナーヤク氏によるラーマーヤナが読みやすい。しかも著者によるとてもインド的な挿絵付きなので大変嬉しい。

 

 ラーヴァナと呼ばれる悪者によって誘拐され囚われの身となったシーター王妃をラーマ王子が救出する物語だ。一見した所とてもオーソドックスな物語だ。囚われの王妃なんて現代のフェミニズム的にはアウトだ。弱い女性を強い男性が救うなんて随分古い設定だ。でも古典だから仕方がないが。でも著者のパトナーヤク氏は上手く古典を現代的な物語にアレンジしている。シーター王妃が途轍もなく強い女性として描かれている。彼女は自分の意志で行動するとても責任感の強い自立した女性として描かれている。

 

 古典を現代風とミックスさせた著者はすごい。優秀な長男のアヨーディヤーの王ラーマとその弟のラクシュマナ。何時も王家を継承するのは長男だ。弟は感情的で短気な人物として描かれているのに対して兄は規律を重んじて国を統治する立場として民衆からとても尊敬されている。兄の生真面目では無く厳格ではない性格が民衆から慕われている理由だと思う。

 

 ハヌマーンと呼ばれる優秀な猿が兄弟をサポートとしている。真の実力者はこのハヌマーンではないか。ある時は蜂の姿になりまたある時は鸚鵡に変身する。変幻自在の猿でサンスクリット語も悠長に話す、知恵と勇気が備わったラーマの心強い味方だ。インド大陸から出て海を渡ってランカーと呼ばれる土地に橋を作ったのもハヌマーンだ。

 

 ラーヴァナが住むランカーは何処にあるのだろうか。著者によるコラムに拠れば今のスリランカらしい。物語の舞台はインドなのでそこから海を渡って南にある土地。確かにスリランカが妥当だと思う。

 

 この物語には人生の指標となる文言が散りばめられている。インドの人々は学校の教室でラーマーヤナを読み生き方を学ぶ。例えば自分を傷つけた相手を恨むのでは無く愛情を持って接する事。寛容さがとても大事だと理不尽な目に散々遭ったシーターは言う。シーターはランカーから無事に国に戻ってからは民衆の噂話が原因で彼女は国を追放される。しかし彼女は落ち込まず森での自由気ままな生活を楽しむ。

 

今まで知らなかったのを後悔するぐらい面白い物語。

 

 

 

 

 

 

ブロディーの報告書

 

 ボルヘスの短編小説11編。ボルヘスの短編小説はとても難解で読み難い。でもこの短編集は伝奇集よりは遥かに読み易い。ボルヘスは博学なのでラテンアメリカの歴史上の人物が沢山出てくる。訳注があるので有難い。決闘やらナイフやら居酒屋やらガウチョやらとてもマッチョな雰囲気が漂う短編集だった。ヘミングウェイ並の男らしさを感じた。とはいえラテンアメリカは広い!ボルヘスの出身地のブエノスアイレスは勿論、ウルグアイモンテビデオ、コロンビアのカルタヘナ、出てくる地名は南アメリカ全土に及ぶ。

 

 

アーモンド

 

 ソン・ウォンピョン氏のアーモンドを読了。韓国では30万部を超えるベストセラーだとか。人よりも扁桃体の大きさが小さく共感する力が無い高校生の青年。人は一人では生きていけない。人の出逢いを通じて徐々に共感する力を取り戻す青年の物語。

 

 共感はよく論理と対比されるが、実際にはどちらが生きていく上で大切なのだろうか。カズオイシグロは小説は感情であって真実ではないと言った。僕は読書は希望だと思っているが。合理的な人は感情で動く奴は馬鹿だという。でも僕は共感する力を信じたい。一方では感情を抑えきれない人は馬鹿だと思う。よく韓国と日本の文化は似ていると言われるが確かにその通りだ。厳しい受験勉強があって親から子へのプレッシャーがすさまじい。人に寄り添う余裕なんてない。

 

 韓国の社会問題を象徴するシーンがある。物語の序盤に通り魔にユンジェは目の前で祖母を殺される。犯人は社会の落伍者のような男だ。誰でもいいから殺しかったという趣旨の遺書を残して犯行に及んだ。犯人は他者を巻き込んでナイフで自殺した。容疑者は助けを求めなかったのだろうか。結局、自分が追い込まれて物事の善悪を見失ってしまったように見える。困っている人がいたら助けようは綺麗事のように聞こえるが案外間違ってはいない。通り魔を増やさないためにも。

 

 

ロサリオの鋏

 

 コロンビアの作家のホルヘ・フランコが書いた「ロサリオの鋏」を読破!

 まずコロンビアと聞いて何が思いつくだろうか。コカインの製造元、麻薬組織によるテロ事件、銃による殺人事件。兎に角、暴力的で治安の良くない国。正しくその通りなのだが人と人との繋がりが濃い。人間関係が希薄な日本とは大違いだ。著者の出身地のコロンビア第二の都市、メデジンが物語の舞台だ。メデジンアンデス山脈に囲まれた盆地の街。

 物語はロサリオがひん死の重体の状態で病院に担ぎ込まれるシーンから始まる。彼女に一途な思いを寄せる語り手の男の回想が病院の待合室で始まる。住む世界が違う。死が隣り合わせの世界。コロンビアでは強くないと生きてはいけない。ロサリオはとても逞しい女性だ。混血で名字も分からず年齢や出生も定かではない。彼女はまだ十代の時に道端で夜一人で家に帰る途中に見知らぬ男にレイプされた。しかし泣き寝入りなんてしない。犯人を見つけ出して男のペニスをちょん切った。実の母親に絶縁されて、危険な麻薬組織のマフィアの下で働き出した。狙った獲物はキスをしながら銃を撃って殺す。彼女は多くの男性に愛されていた。

 主人公の語り手と彼女の恋人のエミリオ。エミリオと語り手の男はスペイン系で由緒正しい家柄の富裕層だ。親から家や車、何でも与えられて育った恵まれた階級。エミリオとの友情もあるが語り手はロサリオを愛している。物語は三角関係のような構図だ。彼女に振り回される二人。いつの日かロサリオとエミリオは麻薬組織の別荘で薬物中毒になった。そんな二人を見限って語り手は一旦離れるが、それでもまた戻って薬中のロサリオを看病する。絶望の淵に居る時は希望を見出すしかない。語り手の懸命な看病の結果、彼女は力を取り戻す。

 いつしか、ロサリオは親友であり元恋人のフェルネイが殺されて敵討ちに出掛ける。それから三年間、彼女は行方知らずだった。場面は冒頭に戻る。久しぶりの再会だった。彼女の一生は常に危険と隣り合わせだった。彼女の職業は麻薬組織に雇われた殺し屋で今まで多くの殺人事件を犯した。実際にコロンビアでは貧困層に生まれて来たら、まともな教育を受けられず、麻薬組織に雇われる女性も多くいる。本書はコロンビアはベストセラーになってテレビドラマ化もされた。訳者の田村さと子氏は著者のフランコボゴタの自宅で翻訳作業を行ったそうだ。また違う世界が見れて嬉しい。

 

 

イルカの島

 

 この小説は1963年に書かれたが全く古臭さを感じさせず新鮮な面白味がある。やはり名作は色褪せない。

海洋SFは珍しいジャンルだがクラークはやはり王道のイギリス小説を踏んでいると思う。夢がある。まずホヴァーシップという名の海に浮遊する近未来的な船に少年のジョニーが密航するところから物語は始まる。面白い。ワクワクする展開だ。船が沈没して遭難したジョニーはイルカたちに助けてもらった。

 

 連れて行かれた先は何とイルカの島だった。イルカの研究が行われている珊瑚礁に囲まれた多くの海洋生物が生きている島なのだ。オーストラリアの海域にあるグレートバリアリーフにある無数にある孤島のどこかにイルカの島は存在している。教授のカザンは密航してきた少年にイルカ研究の手伝いをしてもらう。てっきり自分の国に強制帰国だと思ってたジョニーにとっては幸運だった。

 

 意志の疎通が出来るイルカのスージースプートニクがジョニーの友人だ。イルカは知能の高い生き物で人によく懐くといわれる。ジョニーに擦り寄ってきて撫でてもらい現地民のミックよりもスージースプートニクと仲良くなってしまう。ちょっとミックはジョニーに嫉妬しているが彼とはやがて親友になる。

 

 ジョニーとミックが夜の珊瑚礁を探索する場面が特に美しい。懐中電灯に群がるプランクトンの群れや穴に隠れているロブスターやウツボ。暗い夜の海には何が潜んでいるのだろう。まだ潜るのに慣れていないジョニーはミックみたいに外海に出る事はない。でも色鮮やかな珊瑚礁の周りを歩き回るだけで楽しい。浅瀬にもカニや多くの生き物が住んでいる。

 

 ある夜、島に嵐がきて島は孤立無援になってしまう。救助を呼ぶためにジョニーはイルカと共にオーストラリアに向かう。

 

 期待してた以上によかった。特に後半は一気に最後まで読んだ。ディズニーの映画になってもおかしくないような幻想的な美しさがある物語だった。

 

 

 

 

 

 

オルラ/オリーヴ園

 

 久しぶりのモーパッサン。2020年になっても古典が訳されている。新訳の方が嬉しい。やはり古典は面白い。長年、読み継がれたからはずれはない。モーパッサンは生涯に300の短編小説を描いた。本書には八篇の物語が入っている。精神病を患った男の幻覚の物語だったり、秘めた過去を持つ小さな村の神父の物語だったり、本当に色とりどり。

 

 

エレンディラ

 

 マルケスの物語の舞台はカリブ海沿岸が多い。なぜなら彼が幼少期に住んでいた祖父母の家がカリブ海沿岸の田舎町にあったからだ。マルケスの幼少期の体験が彼の物語に影響を与えたと言える。この短編集は6つの短編と1つ中編小説が入っているが、どれも面白いがやはり中編小説のエレンディラが1番良かった。お金に対して並々ならぬ執着心を燃やす祖母からの逃避行の物語だ。

 

 マルケスの作品の特徴は百年の孤独に代表されるようにマコンドという名の架空の土地を創造して沢山の人間模様を描いた事だ。別の小説の登場人物がまた別の物語に登場したりしてマルケスの物語の世界は全てが繋がっている。

 

 表題作の「エレンディラ」は不慮の事故で祖母の屋敷を全焼させてしまったせいで借金を背負わされた娘エレンディラの過酷な物語だが、エレンディラの逞しい性格が彼女の逆境を吹き飛ばす。祖母は彼女を売春婦として働かせて1日に何人もの男の相手をさせられる。その客の一人でウリセスという名の青年と出会いウリセスに協力をしてもらって祖母を殺害する計画を立てる。

 

 要するに過酷な労働を命令した祖母に復讐する、若しくは逃げる物語だがエレンディラの生命力の強さにはいささか感心した。マルケスの作風は現実と幻想が入り乱れたマジックリアリズムで有名だが、毒を含んだケーキを食べても死なない祖母の不死身性や彼女の血が緑色だったり現実の世界では起こり得ない事が起こるのが読んでいてとても面白かった。