浮世への画家

 カズオ・イシグロの浮世への画家を読了。彼の著書は日の名残りを読んでから2作目である。以前に充たされざる者と私たちが孤児だったころを読破しようと挑戦したが、冗長だったり時間軸が急に飛んだりして混乱して途中で読むのを諦めてしまった。しかし、本書は明瞭な一本のストーリーだったので非常に楽しみながら読んだ。本書で賞も受賞していてカズオイシグロ出世作であり初期の名作とも言える。飛田茂雄氏の翻訳も名訳でカズオイシグロの第一級の翻訳である。

 読了後、非常な満足感とノスタルジアな気分に浸っていた。とても美しい小説だ。舞台は太平洋戦争終了後、1948年からの丁度戦後の復興期の日本である。画家として成功を収め美術界でも相当の権威を持っている小野の回想録である。戦前から大変な才能の持ち主でもあった小野は仲間と共に絵画修業に励みみるみる頭角を現す。自らの信念に従い師匠と決別してまでも自分の画家としてのスタイルを貫こうとする。小野自身はとても野心的な人物なのである。戦時中に愛国心を煽るような画風を描いて日本国民を悲惨な目に遭わせたのではないかと、罪悪感混じりに過去を振り返る。自分の娘の節子からの助言をきっかけに昔の旧友や弟子に会いに行き過去と立ち向かおうと決意する。小野の絵画の見方や情熱には驚くものがある。誠実で彼の人柄の良さは読者に多くの希望を与えてくれると思う。読んでよかったなと思える作品。

 

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)

浮世の画家 (ハヤカワepi文庫)