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ドリアン グレイの肖像

 読書するのは楽ではない。読書をするには3つの段階に分けられる。読んで理解してそして生産する。いつも読破する事は出来るが内容を理解するまでが大変だ。だから私は名著は最低でも二回は読まないといけない。再読に値する名著はまず初読は読み通す事だけに専念する。再読は大まかな粗筋と登場人物は理解出来てると思うのでその事前知識を踏まえた上で読むと初読時とは大分印象が異なるしより深く物語の世界に入り込める。再読時は精読するように私は心掛けている。なぜなら何回も読みたい本には滅多に遭遇しないからだ。生産とはブログに感想と要約を書くことだがこれも難しい。これは何回も書いて訓練して身につけていくしかない。

 オスカーワイルドのドリアングレイの肖像は私にとってとても重要な本だ。本書の中にはワイルドの芸術的思想が詰まっていて私自身勉強になることが多い。最近は広く浅く本を読み漁っているので人との繋がりを見つけることがよくある。例えばイギリスの美術評論家のジョン・ラスキンプルーストが傾倒していた事はよく知られてるが、実際にプルーストの「失われた時を求めて」にはラスキンの影響を受けたと思われる建築への描写が多分にみられる。実はオスカーワイルドもラスキンを慕っていたのだ。ワイルドはオックスフォード大学時代に当時、美術史教授だったラスキンから教わっていてワイルドの短編集が完成した時は真っ先にラスキンにプレゼントした。

ワイルドの耽美主義とは即ち高級なもの、豪奢なものを指していると思う。具体的にはルビーやサファイアなどの宝石や身分の高い人物の肖像画、鮮やかなデザインが施されたタペストリーである。勿論、動物や植物などの身近なものも徹底的に美しく描写する。舞台はロンドン。そういえばヴァージニア・ウルフのダロウェイ夫人もロンドンが舞台だった。違う筆者から異なった視点、時代で描かれるロンドン。こういう見方も読書の面白いところだ。

 

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)

ドリアン・グレイの肖像 (新潮文庫)