水晶 石さまざま

 シュティフターの短編集を読了。珠玉の短編集だった。シュティフターの精緻な自然描写は本当に素晴らしい。彼の作品はどれも森や花、川、日光、石、湖、自然の豊かさを題材にしている。本作の表題作でもある「水晶」もそうだ。クリスマスの前夜に幼い二人の兄妹が峠を超えた先にある祖母の家から自分たちの住む小さな村に帰る途中に大雪に見舞われ迷子になってしまう。一面、雪だらけの氷の世界に彷徨う。山奥の氷の内部で一夜明けた後、村人たちが子どもたちをみつけ親子は無事に再会を果たす。一言で言うなら宮沢賢治の童話の物語のようだ。賢治の作品に「ひかりの素足」という童話があったがあの雰囲気に近いものがある。(あれは悲しい結末だったが) シュティフターは画家でもあったので彼の物語は非常に絵画的でもある。次の「みかげ石」も面白い。少年は用事で祖父と一緒にある村に向かっていた。道中、この地域で起こったペスト菌で多くの命が失われた話を聞く。

 また3番目の石灰石が特に私は好きだ。身寄りのいない貧しい牧師は孤独でとても謎めいた存在だ。たまたま仕事で牧師が住む辺鄙な村にしばらく滞在していた測量士の男は彼に興味を持つ。牧師の住む家を訪れて寝泊まりしたりしてお世話になり親交を深めていき彼の過去も明らかになる。牧師はもともと裕福な工場主の家庭で育ったが、多くの不運が重なり親や兄弟も失い不動産も失い完全な独り身になってしまった。測量士の男は牧師から遺言書を託される。牧師にはとても大きな夢があった。それは村の中間地点に学校を建設することだ。村には以前から学校があったがそこに向かうにはどうしても川に面した橋を渡らなければならない。その橋は大雨が起きる時は川が増水して危険な状況になり子どもたちが橋の上で立往生したり溺れたりする可能性がある。そこで新たに別の場所に学校を建設することで子どもたちが安全に通学できるようにする。牧師は遺産を建設費用に充てるという。それが牧師の遺言書の内容であった。彼は貧しいながらもお金を地道に貯金していた。大雨で浸水して危険な場所には牧師が立って子どもたちの身の安全を確保した。全ては子どものために牧師は全霊を捧げた。しかし世間からは隔絶され経済観念には疎かったので牧師の遺産では到底建てる費用が足りなかった。しかし牧師の話を聞いた村の篤志家たちからの寄付金のおかげで彼の死後、学校は無事に建設された。

 シュティフターは「石灰石」を通してイエスキリストのような自己犠牲の精神を読者に伝えたかったのではないだろうか。シュティフターは恐らく生真面目な人間で勉学に熱心で自然を愛し心の底から正直な人間であったと私は思う。ではないとこのような小説は書けないのではないかと思う。

 

水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫)

水晶 他三篇―石さまざま (岩波文庫)

 

 

 

変身 断食芸人

カフカの変身・断食芸人を読了。カフカはやはり面白い。以前に別の訳で変身を読んだがこちらの訳の方がより原文に忠実に訳されていると思う。訳者もあとがきで訳すのに試行錯誤したと言っている。20世紀を代表する作家はカフカプルーストジョイスと一般的に認知されているが私はカフカが一番好きだ。日常で唐突に起こり得る不条理な世界をカフカは小説で書いた。あてもなく出口の見えない不安。でも読み進めてしまうのがカフカの作家としての才能だと思う。私は今年プラハに行ってカフカの博物館を見学したが冬のプラハはとても寒く憂鬱な気分になる天気だった。岩波文庫から短編集2冊と審判が出版されているので他も読んでみようと思う。

 

変身・断食芸人 (岩波文庫)

変身・断食芸人 (岩波文庫)

 

 

 

脂肪のかたまり

モーパッサンの脂肪のかたまりを読了。面白かった。モーパッサンの短編の中で最も有名な作品である。モーパッサン出世作だ。人間のエゴイズムがよく描かれてる。挿絵付きなのも良かった。舞台とか映画化してるならみてみたい。

 

脂肪のかたまり (岩波文庫)

脂肪のかたまり (岩波文庫)

 

 

 

ソロモンの歌

トニ・モリスンのソロモンの歌を読了。面白かった。オバマ氏が我が人生最高の書と言ったのも頷けれる。600ページのほどの長編小説であるが毎日読むのが楽しみであった。長編小説は読み通すのに冗長だったり登場人物が多すぎて訳が分からなくなって混乱したり、途中で挫折することがよくある事だ。でもモリスンの小説はそんな事にはならない。登場人物が皆、魅力的だったり物語の伏線が最後には必ず回収されたりとても完成度が高いのだ。
ソロモンの歌の主題は、ずばり家族の物語である。主人公のミルクマンは三人兄妹の末っ子としてメイコン・デッド二世とルースの間に産まれた。家族はノットドクター・ストリートいう通りに住んでいてメイコンデッド二世は貸家を営んでおり家賃収入で生計を立てている。妻のルースとの関係は険悪だ。ルースは医者の娘でとても裕福で恵まれた環境で育った。メイコンデッド二世は家柄の良いルースとの結婚出来、一見とても幸せそうに見えたが、夫婦での争いが絶えなかった。実はルースは父親を異常な愛情を抱いており近親相姦でミルクマンが誕生したのではないか?と夫は疑っている。実際にそんなことはなかったが。ミルクマンの父親の妹にあたるパイロットは密売酒で生活を立てていて彼女は未婚で娘がいる。その娘のリーバも未婚でヘイガーという名の娘がいる。彼女たちは電気も通っていない暗い部屋で非常に乏しい生活を送っていた。パイロットにはへその緒が無く自分の名前を収めた四角い箱のイヤリングをつけている、一風変わった女性だ。パイロットは兄のミルクマンの父親とは長らく絶縁状態であり、息子のミルクマンに彼女に近寄るなと父親は忠告している。それでもミルクマンは親友のギターと一緒にパイロットに会いに行って叔母が料理を作ってくれたり友人のような関係になる。ギターは白人を忌み嫌い七曜日の会のメンバーで黒人が白人に殺される度に白人に復讐する裏の姿があった。ミルクマンの姉たちも厄介だ。長女のリーナと呼ばれるマグダリーンはミルクマンが子供の時におしっこをかけられた過去がありいつも弟に迷惑をかけられていたのでミルクマンを恨んでいる。コリンシアンズは大学出でフランスにも留学経験もある才女だ。しかし就職が上手くいかずに詩人のミス・グレアムの家でメイドとして働いていた。母親のルースにはグレアムの秘書として働いていると嘘をつき、彼女はそれを信じ切っている。
ミルクマンが22歳になった時にはヘイガーとは恋仲になっていた。しかし血縁関係のあるヘイガーとの恋愛にミルクマンは戸惑っていた。ヘイガーは狂おしいほどにミルクマンに首ったけだ。いつかその感情は殺意にまで発展しミルクマンを殺そうと決意する。それを知った母親のルースはもしものことが息子にあったら絶対に許さないと、ヘイガーに警告する。ミルクマンはパイロットと父親から彼らの過去について聞かされる。祖父のメイコンデッド1世は豪農であったが黒人というだけで白人に殺された。父親と叔母は自分たちの父親が殺され、母親もが亡くなった時に孤児になった。そんな彼らを助けてくれたのはサーシーという名の助産師兼、金持ちの家の使用人の女性だった。その家に隠れて生活していた二人だが、慣れない生活に嫌気がさしついにサーシーに黙って家出を企てる。実はその家の家主はメイコンデッドの父親を殺害した白人たちだったのだ。その後は林の中の洞穴で生活をする。しかし洞穴では老人に追いかけられ、パイロットと父親はその男を殺してしまう。しかし洞穴の中には何と金塊が置いてあったのだ。パイロットは金塊を持ち逃げして兄とは離れ離れになる。今もその金塊がパイロットの家に袋に吊るしてある事を父親から聞かされたミルクマンは親友のギターのと一緒に盗みに入るが警察に見つかり御用になる。しかも盗み出したものは金塊ではなく洞穴で殺害した老人の遺骨だった。弔いのためにパイロットが袋に吊るして置いといたのだ。何とかパイロットが警察に事情を話し無罪放免されたギターとミルクマンだったが、金塊への野望は消えない。
ミルクマンは父親の事務所で働いていたが、そんな生活に飽き飽きしていた。もう全ての事に嫌気がさしたミルクマンはパイロットと父親から聞かされた彼らの過去を探ろうと1人旅に出る。遂には金塊を求めて洞穴のあるダンヴィル目指し一人旅に出る。遂に父親と叔母の面倒を見てくれたサーシーに出会う。彼女は沢山の犬たちとまだ叔母たちを匿った白人の館に住んでいた。サーシーからミルクマンの祖父の遺骨は近くに住む住民たちによって洞窟に捨てられたと新たな情報を得る。また祖母の名前はシングと聞かされる。彼女から洞穴の場所を聞かされミルクマンは行ってみるが遂に金塊は見つからなかった。しかしサーシーの話を聞いてパイロットの持っている遺骨は見知らぬ老人のではなく死んだ祖父の遺骨だったと判明した。
まだ金塊の可能性を捨てきれずパイロットの足跡を辿り今度はヴァージニアに向かう。ヴァージニアはパイロットが自分の両親の生まれ故郷だと知って向かった場所だ。シャリマーの田舎の村にはソロモンという名の人々が沢山住んでいる。途中、ソロモンの雑貨商店でギターに追跡されていることを知る。ギターは金塊を狙っていてミルクマンを疑い彼を殺そうと狙っている。その頃パイロットの家ではヘイガーがミルクマンにフラれたショックからか熱をこじらせて死んでしまう。村で祖母のシングの親戚で出会うが有力な情報はえられない。しかし村で子どもたちが歌っているソロモンの歌を聞いた時にミルクマンの祖父のジェイクがソロモンの息子だと分かって再度親戚の家を訪れる。ソロモンという名の伝説的な人物の一人息子がミルクマンの祖父なのであった。彼はジェイクを残してアフリカに向かって空を飛んで行った。全ての家族の謎が明かされノットドクターストリートの家に帰りパイロットが持っていた祖父の遺骨をシャリマーに持って行きソロモンが飛んで行った谷にお墓に納めた。しかし金塊を狙っていたギターに狙撃されパイロットは死んでしまう。最後にミルクマンがギターに撃たれるか撃たれないかの場面で物語は幕を閉じる。

 

ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

ソロモンの歌 (ハヤカワepi文庫)

 

 



老人と海

ヘミングウェイ老人と海を読了。キューバ時代の最高傑作と言われている老人と海ですが、今まで何回もヘミングウェイは釣りをテーマにした作品を書きましたが本作もその一つです。多少、釣りに興味がある人では無いと、専門的な知識が何回も出てくるので難しいかもしれません。相変わらず、鮫と格闘する場面ではやはり鮫を殺す描写があり生き物を大事にしないのかと違和感を覚えるかもしれません。それでも、1人何日も舟に乗り海を彷徨う老人の姿が美しく描かれてるので読んでよかったと思いました。

 

老人と海 (新潮文庫)

老人と海 (新潮文庫)

 

 

 

オセロー

シェイクスピアのオセローを読了。まず私がなぜこの本を読もうと思ったのかその経緯から話そう。ヴァージニア・ウルフのダロウェイ夫人の中に「いま死ねれば、いま以上の幸せはない 」というセリフが出てくる。実はこれはオセローからの引用で、オセローが絶世の美女のデズデモーナと結婚した時に言うセリフだ。オセローの主題は嫉妬である。嫉妬と言う名の化物である。妻の浮気を疑い猛烈な嫉妬に苦しまれるオセロー。驚くべきなのは本書では嫉妬という言葉が22回も使われている事だ。シェイクスピアは嫉妬をテーマに本書を書いたのだろう。最初から最後まで無駄がなく、シェイクスピアの四大悲劇と言われるだけあり大変面白く読めた。

 

オセロー―シェイクスピア全集〈13〉 (ちくま文庫)

オセロー―シェイクスピア全集〈13〉 (ちくま文庫)

 

 

 

ヘミングウェイ全短編 1 と 2

 ヘミングウェイキリマンジャロの雪を含めた短編集1と2を読了。また全短編を全て読んだ訳ではないが、本作を読む事によって少年時代のヘミングウェイやパリ時代の彼の実際の体験が色濃く反映されている。ある意味では半自伝的な作風だ。そして改めてキリマンジャロの雪も再読した。やはりいい作品だ。アフリカの光景が脳裏に浮かんでくる。読者の想像力を掻き立てる素晴らしい作品だ。ヘミングウェイの小説は自分自身の体験を下敷きにした作品が多い。当然、キリマンジャロの雪も彼自身のアフリカ旅行の体験が反映されている。もう一つアフリカを舞台にした作品の「フランシス・マカンバーの短い幸福な生涯」も私は好きだ。狩猟に出かけたマカンバーは妻にカッコいい姿をみせようと意気揚々と狩に出掛けるが、案の定実際にライオンを目にする怖気ついて逃げ出してしまうのだ。そんな姿に妻のマーゴットは夫に大いに失望する。そんな中、狩猟のインストラクターをしているウィルソンは勇敢に冷静にライオンを仕留める。マーゴットはマカンバーに愛想を尽かしウィルソンに熱烈なキスをする。マカンバーは妻とウィルソンを激しく嫌悪するようになり名誉挽回のために今度はバッファロー狩りに出掛ける。結末には触れないがだいたいこんな感じだ。池澤夏樹氏も指摘していたが、ヘミングウェイの作品はやや男性主義が強すぎる気があるのは否めない。大きな動物を殺したら大人になれるとか、闘牛士が闘牛を平気で殺してしまうとか。ヘミングウェイは生涯、動物や自然を愛していたが、釣りや狩猟も大好きだった。ただ人間と同じ生き物を殺す描写があるのは少し文化の壁を感じた。銃はアメリカ人にとって欠かせない存在なのはよく分かったが。ただ短編に多々登場するヘミングウェイの分身の少年のニック・アダムスの鱒釣りや線路を歩く場面は、懐かしくどこかハックルベリーフィンの冒険ぽくて好きだ。

 

われらの時代・男だけの世界: ヘミングウェイ全短編 (新潮文庫)

われらの時代・男だけの世界: ヘミングウェイ全短編 (新潮文庫)

 

 

 

勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪: ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)

勝者に報酬はない・キリマンジャロの雪: ヘミングウェイ全短編〈2〉 (新潮文庫)